雷
下校時間も迫り人がまばらになった麻帆良学園の昇降口で一人の少女が雨宿りをしている。
少女の名前は桜咲刹那。
「こんな天気の日はあの時の事を思い出してしまうな……」
刹那はそう呟きながら時々稲光が見える真っ黒な空を見上げた。
数年前、少女は親代わりの剣の師匠に連れられて京都の山奥にある大きなお屋敷に訪れた。
少女はそこで一人の女の子と出会う。
女の子の名前は近衛木乃香。
少女の生まれて初めてできたの友達である。
少女と女の子の二人には友達が居なかった。
少女は生まれが特別だった為、友達という概念すら知らず、
女の子は山奥のお屋敷で大切に育てられた為、同年代の子に会う機会が無かった。
友達を知らない少女と友達が欲しくても作れなかった女の子。
二人は出会ってすぐに仲良くなった。
女の子の警戒心の無さを感じ取って、少女が女の子に対して心を許したから。
しかし、女の子は屋敷から離れる事ができなかった。
女の子自身は知らされていないが、やんごとなき血筋を受け継ぐ女の子にはとても強い力が眠っている。
その力を悪用する輩から女の子を護る為、屋敷の周辺には結界が張られている。
要するに女の子はその結界から外に出ることができないのだ。
だから、二人が遊ぶのは少女が女の子の屋敷へ訪れた時だけ。
そんな限られた条件下でしか遊ぶ事ができなかった。
その為、少女は師匠が女の子の屋敷に行く際には必ずついて行くようになった。
女の子も少女が来るのを楽しみにしていた。
そして、少女が女の子の屋敷に来た時は、日が暮れるまで思いっきり遊ぶ。
それが二人の楽しみになっていた。
そんなある日の出来事。
二人は庭で遊ぶだけでは物足りなくなり、女の子のお屋敷の周りではあるが、山の中を探検するのが日課になっていた。
そして、その日は山の中でかくれんぼをしていた。
「このちゃ〜ん! どこにおるん〜?」
女の子が隠れて少女が鬼。
少女は女の子の名前を呼びながら山の中を歩いていた。
女の子は近くにある大きな岩の陰に隠れながら、その様子を見ていた。
しばらくそのまま様子を見ていたが、女の子は辺りがだんだん暗くなってきている事に気が付いた。
「暗くなってきてもうた……」
女の子は小さく呟くと空を見上げた。
太陽は雨雲によって隠されてしまっていた。
女の子は自分を探している少女の元へ近づいていった。
「せっちゃ〜ん! 雨降ってきそうやからお屋敷かえろ〜」
「あ、このちゃん!」
少女は声のする方向を向いた後、空を見上げながら
「うん…… そやね」
少し不安そうな表情で女の子の提案に同意した。
女の子と少女の二人は雨が降り始める前にお屋敷に戻ろうと急いでいた。
ゴロゴロゴロ……
しかし、辺りはあっという間に真っ暗になり、遠くのほうでは雷の鳴る音まで聞こえ始める。
ポツ… ポツ……
空から落ちてくる水の粒が地面に黒く跡を作り始める。
「あ、せっちゃん! あそこで雨宿りせぇへん?」
「そやね。 ほな急ごう! このちゃん」
家路を急ぎつつも雨が降り始めてきた為、女の子は屋敷へと続く道の途中にある休憩所を指差して言う。
少女も同じことを考えていたのか、その提案に頷くと女の子の手を取って走る速度をあげた。
休憩所に向かって走っている間、女の子は不思議なことに気が付いた。
雷が鳴る度に、女の子の手を握る少女の手に力が入っているようなのだ。
女の子は休憩所に着く頃、その行動の意味に心当たりができた。
休憩所に到着し、あがっていた息が落ち着いた頃を見計らって女の子は少女に話しかける。
「なぁなぁ、せっちゃんって雷苦手なん?」
「そ、そんなことあらへ……」
ゴロゴロ…… ドーーーーッン!!
少女が言葉を紡ごうとしたまさにその時、真っ暗だった外が一瞬だけ晴れている時のように明るくなった。
そして、その光に呼応するかのように落雷の音が響き渡った。
「ッ!?」
「ヒャッ!?」
雷の苦手ではない女の子でさえビックリするような大きな音。
少女は相当ビックリしたようで、驚いた拍子に女の子に抱きついてしまっていた。
少女は女の子に抱きついたままガタガタと震えていた。
そう…… 少女は雷が苦手だったのだ。
女の子はいつもと違う少女の意外な一面を見て、少女を可愛いと思った。
そして、いつも護られているお返しに今は自分が護ってあげたいと。
「大丈夫やよ。 ウチも一緒に居るんやからこわないよ」
女の子は震えている少女の頭を撫でながらにっこり微笑みかけた。
「ぅ、うん……」
少女もぎこちないながらも顔を上げて笑い返した。
雷が鳴っている間、女の子はずっと震えている少女の頭を撫で続けてあげていた。
雷が鳴り止み、雨もあがり、ようやく外が明るさを取り戻した頃、女の子は休憩所の中から外を見ていてある物を見つけた。
「あ! せっちゃん、虹出とるよ」
女の子は空に架かる七色の橋を見つけて楽しそうにしている。
そんな女の子を見ながら、少女は小さく呟いた。
「もっとつようならなきゃ……」
「せっちゃん、今なんか言うた?」
幸か不幸か、少女の決意は女の子には聞こえなかったようだ。
少女は少し考え、笑いながら
「『さっきはありがとう』って言うたんよ」
「ふふふ、いつもはウチがせっちゃんに守られてばっかりやけど、今日はウチがせっちゃんを守ったんやえ!」
少女は本当のことを言わなかった。
その代わりに、今女の子に伝えたい感謝の言葉を口にした。
「せっちゃん、外出てみーひん?」
女の子は笑顔で少女に手を差し伸べる。
少女は差し出された手を握って、女の子に引っ張られるままに休憩所の外へと連れていかれる。
「わぁ…… 綺麗やねぇ……」
外に出て虹をちゃんと見た少女の感嘆に女の子はにっこり笑った。
「ほな、まだお日さま出とるし、虹見ながらゆっくり帰ろか」
少女と女の子の二人は、手を繋いだままのんびりと屋敷へと続く道を歩いていった。
「そういえば、私が雷嫌いを克服しようと思ったのはあの時だったなぁ……」
刹那は誰も居ない昇降口で、雨宿りを続けながら昔の事を思い出していた。
あの時の雷嫌いの少女は、当時の少女の家であった道場に帰ると同時に師匠に雷を克服したい事を告げた。
その後、剣の修行を続けた少女は見事に雷を克服し、今では雷の技を使いこなすほどである。
「あれ? せっちゃん傘持ってへんの?」
突然後ろから掛けられた声に刹那は後ろを振り返る。
「はい。 夕立は予想外でしたから……」
刹那は木乃香の護衛。
その為、木乃香がまだ校内に居る事を知っていた刹那はそれほど驚かなかった。
もし、木乃香が寮に帰っていたのなら、刹那は雨宿りなどせずに、濡れるのも構わずに帰っていただろう。
木乃香は鞄の中から折り畳み傘を取り出そうとしながら、外の様子を見てその手を止めた。
雷の光と音の間隔がだいぶ開いているとはいえ、まだ雷は完全に過ぎ去ったわけではない。
そんな空模様を見て木乃香もまた刹那と同じ事を思い出した。
木乃香は刹那の隣まで来ると、何も言わずに刹那の手を握った。
「お嬢様……?」
「ウチも傘忘れてもうたみたいや」
少し驚きながら木乃香の顔を覗き込む刹那に木乃香は笑顔で答える。
木乃香は折り畳み傘を常に持ち歩いていた。 もちろん今日も忘れてなんかいない。
しかし、刹那と同じようにあの時の事を思い出した木乃香は嘘をついた。
刹那と一緒に小さい頃の思い出に浸りたかったから。
「なぁ…… せっちゃん。 小さい頃にも今日みたいな雷の日に一緒に雨宿りしたん覚えとる?」
「ええ。 ちょうどその時の事を思い出してました」
「そういえば、今はもう雷平気なんやね。 雷鳴剣とか使っとるし」
「はい。 あの後、必死に克服しましたので」
「なんや、残念やなぁ……」
「何がですか……?」
言葉通りに残念そうな顔をする木乃香に刹那は理由が分からず聞き返してしまう。
「だって、雷恐がっとる時のせっちゃん、めっちゃ可愛かったんやもん」
「お、お嬢様!? は、恥ずかしいのであまり思い出さないでください……」
その時の事が余程恥ずかしかったのか、木乃香の言葉に刹那は俯いてしまう。
「なんや、今日ってあん時みたいやね」
「そう…… ですね……」
先の刹那の言葉を気にする素振りも無く木乃香は空を見上げながら言う。
それにつられる様に刹那も顔を上げ、空を見ながら相槌を打つ。
二人が見上げる空は暗く、まだ稲光が見え隠れしていた。
二人はそのまま雨宿りを続け、雨が止むまで幼い頃の思い出話に華を咲かせていた。
「雨、止みましたね。 そろそろ寮へ帰りますか?」
「そやね〜。 そろそろ帰ろっか」
木乃香のその返事を合図に、二人は寮へ向かって歩み始めた。
あの日のように手を繋いだまま、のんびりと。
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