work like a charm


 ここは時の早さが遅くなる不思議な空間。
 そして、数百歳の少女の別荘。


「ちょっ…… せっちゃっ…… ゃ、ん……」


 建物の中から時折、喘ぎ声のような小さな声が聞こえてくる。

 今、この別荘には二人の少女しか居ない。
 一人は、この別荘の持ち主である少女に、最近弟子入りしたばかりの、極東最強の見習い魔法使い。
 もう一人は、その見習い魔法使いの護衛の剣士。
 別荘の持ち主たる少女は弟子に修行をするように言いつけ別荘の外へと出て行ってしまった。

 しかし、建物の中に広がる光景はどう見ても修行をしているようには見えなかった。

 魔法使いは自身を護るはずの剣士に押し倒され、唇を奪われている。
 剣士は仕えるべき魔法使いの上に乗り、魔法使いが抵抗できないようにと魔法使いの両腕を頭の上で片手で押さえつけている。

 普段の剣士ならば絶対にやらないであろう行動。

 虚ろな瞳をしている剣士に正気などありはしない。
 普段彼女を抑えている理性の堤防は、既に決壊してしまっているのだから。



 全ては数分前。
 魔法使いの好奇心が全ての元凶だった。



 魔法使いに魔法を教えている少女は、修行の合間に実践ではあまり役に立たないであろう、どうでもいい魔法を教えた。
 少女としては、ほんの気まぐれのつもりだった。
 魔法使いはその魔法を剣士に使ってしまった…… ただそれだけ。



 魔法使いと剣士の二人は幼馴染みの間柄であった。
 一度離れ離れになり、再開してから剣士は魔法使いを避け続けていた。
 しかし、修学旅行で剣士が魔法使いを避ける理由がなくなり、以来二人は少しずつ仲を修復している最中である。

 だが、急に昔のように戻れる訳ではなかった。
 二人が離れていた期間が長過ぎたのかも知れない。

 魔法使いは友達として接して欲しいと思っている。
 剣士は元来の生真面目な性格が災いしてか、主従の関係から踏み出せずにいた。

 それが魔法使いにとっては不満の種だった。
 魔法使いは少しずつでは満足できなかったのだ。

 剣士は未だに自分を昔のようには呼んでくれない。

 魔法使いにとってそれはとても悲しいことだった。


 そして、つい先ほど魔法使いが教わった魔法はチャーム。
 対象を魅了する魔法。

 剣士がこの魔法に掛かったらどうなるだろう……

 魔法使いにそんな好奇心が湧いてくる。
 この好奇心を後押ししたのは、剣士と思い通りに仲良くなれない魔法使いの不満。


 魔法使いは剣士に魔法をかける。
 剣士を自身の虜にする為に。








 魔法使いはほんのちょっとだけ数分前の行いを後悔した。

 魔法使いはここまでの効果を予想してなかったのだ。
 本来この魔法は対象を魅了して隷属させるのが目的。
 魔法使いもそのつもりで魔法を使った。
 しかし、魔法使いの持つ強大な魔力が災いしてしまい、本来の目的以上の効果を発揮してしまったのだ。

 それでも剣士に好意を寄せている魔法使いにとって、現状は嫌ではない。
 むしろ嬉しいぐらいだった。

 これが剣士自身の意思なら、尚更……


「せっちゃん……」


 魔法使いは自身の上に乗りながら首筋に顔を埋めている剣士の名前を呼ぶ。
 それに剣士は顔を上げて答える。


「なんですか? このちゃん」


 最近では口にしない昔の呼び名を口にしながら。

 魔法使いは剣士の表情を見て後悔の念を強める。

 剣士の瞳には未だに正気の色が無い。
 どこか虚ろでトローンとした目つき。
 魔法使いが大好きな芯の強そうな瞳はそこには無い。

 これは魔法使い自身が招いた結果。
 魔法使いもちゃんと分かっている。
 でも…… 自分の所為だと分かっていてもやるせない気持ちはどうなる物でもなかった。

 剣士の正気ではない目を見ていると段々と哀しくなってくる。
 魔法使いはいつの間にか涙を流していた。



 剣士は正気を取り戻す。
 魔法の効力が切れただけなのか、はたまた魔法使いが流した涙の所為なのか、真相は分からない。
 はっきりしているのは、剣士が正気に戻ったという事。

 剣士は自分の現状に驚く。
 魔法使いを押し倒している自分。
 何があったのか全く覚えていない。
 理解できるのは、魔法使いが泣いているという事だけ……

 剣士は記憶の曖昧な自分を悔やむ。

 状況から判断するに、魔法使いを泣かせたのは自分なのだろう……

 そう思うが、何をやったのか剣士には記憶が無い。
 とりあえず、剣士は魔法使いの両腕を解放し、犯した罪を聞き出す為の決意をする。
 それは、自身の正体を告げる時のような…… そんな決意。
 そして、最愛の人に嫌われたのかもしれない恐怖を抱きつつも、魔法使いに泣いている理由を訊ねる。


「どうして…… 泣いているのですか……?」


 魔法使いは驚いた。
 剣士に問われるまで泣いている事に気付いていなかったのだから。
 魔法使いは自分の顔に手を当てて、そこにある涙の跡を確かめる。


「ホンマや…… ウチなんで泣いとるんやろ……」


 魔法使いは考える。
 何故自分は涙を流してるのだろう……?
 思い当たるのは剣士の意思を無視するようなことをした自分。


「またせっちゃんに迷惑かてもうたからかなぁ…… こんなんじゃウチ、せっちゃんに嫌われてまうから…… ウチはせっちゃんに嫌われとうない……」


 魔法使いの答えは剣士の考えていたものではなかった。
 魔法使いは剣士に嫌われる事が恐くて泣いているという。

 剣士には魔法使いを嫌う理由など全く無い。
 しかし、ついさっきの記憶が抜けている事が気掛かりだった。
 自分は魔法使いに何をされたんだろう? と。


「何故、私に嫌われるんですか……?」


 剣士は淡々とした声で質問していく。
 状況が分からない今、下手に動揺しているのを気取られないように、と心掛けての事だった。
 しかし、それが逆効果だった。
 淡々とした話し方は先程までの正気を失っていた時と同じトーン。
 剣士の意思の無い瞳を見ないように顔を逸らしていた魔法使いは、剣士が正気を取り戻した事に気付けないでいた。


「ウチが軽い気持ちでせっちゃんにチャームなんて掛けたから…… きっと、せっちゃん嫌やったに決まっとる」
「……」


 魔法使いは剣士が正気を取り戻した事に気付かないまま独り言のように自分の罪を告げる。
 剣士はその魔法使いの懺悔を黙って聞いてあげた。


「せっちゃんの気持ち、何も考えとらんかった……」


 魔法使いは自分で犯した過ちをきちんと理解できている。 剣士はそう判断した。
 ならば…… 剣士がすることは一つ。
 魔法使いが勘違いしている剣士の気持ちを正してあげるだけ。


「私は、お嬢様の事が好きですよ」


 魔法使いは剣士が呼び方を変えたことに気付く。
 そして、先ほどまでの虚ろな瞳ではなく、意志の強そうな、魔法使いが好きな瞳がそこにあることを確認する。


「今言ったの、ホンマ……? ウチいつもせっちゃんに迷惑かけてばかりやのに?」
「本当ですよ。 だから…… 泣かんといて、このちゃん」


 ついさっきまで何度も呼ばれていた昔の呼び名。
 まるで気持ちの篭っていなかったさっきまでとは違う、少し照れたような優しい呼び方に魔法使いは安心する。

 剣士は魔法使いの唇に自身の唇を落とす。
 それは先ほどまでの奪うという言葉が似合う一方的なものではなく、触れるだけの優しいキス。
 剣士はほとんど無意識に魔法使いの唇に口付けていた。

 だから、唇を離した後、魔法使いが不快に思っていたら…… という不安が込み上げてきた。
 剣士は申し訳無さそうに魔法使いに尋ねる。


「あ…… すみません。 嫌でしたか?」


 魔法使いは首を左右に振り、全力で否定する。


「ううん、嬉しいんよ。 せっちゃんもウチと同じ気持ちって分かったから!」


 魔法使いは剣士の首に腕を回して引き寄せる。


「あ、お、お嬢様!?」


 バランスを崩して倒れこむ剣士。


「お嬢様、離していただけないでしょうか……」
「ダ〜メ」


 剣士の抗議をにっこり微笑みながら却下する。


「なぁ、ウチの首筋赤くなってへん?」
「え? あぁ…… 確かに赤く腫れてますね……」


 これは世に言うキスマーク。
 何故そんなものを私に見せるんだろう……?
 いや、そもそも誰が私のお嬢様にこんなことを……

 彼女の思考が暴走し物騒な事を考え始めた頃、魔法使いは止めを刺す。


「それ、さっきせっちゃんがやったんよ」
「へ……?」


 キョトンとした剣士を魔法使いはニコニコしながら見つめる。
 フリーズしていた頭が言葉の意味を理解する。
 剣士の顔が段々と赤くなり、同時にショックを受けているようだった。


「おかえしや」


 そんな剣士の唇に魔法使いは自身の唇を重ねる。
 そして、そのまま剣士の首に顔を埋め強めに吸い付く。
 剣士を独占する為の印が簡単に消える事が無いように強く… 強く……

 -end-



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