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263 名前:キスの味 1[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 00:03:29 ID:7lb5VMgD
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2月14日バレンタイン。
ここ麻帆良学園の家庭科室や食堂棟の一角は,多くの女生徒でにぎわっていた。
それぞれ,彼氏や家族,学園の教師,はたまた密かに想う同性に贈るチョコレート菓子を作っているのだ。
その中に私――桜咲刹那も,食堂棟の片隅で他の生徒に混じってチョコレートパイを作っている。
付き合っている男性がいるわけではない。
日頃お世話になっているネギ先生と,高畑先生にはちょっと高めのチョコレートを買って渡してある。
これは,このかお嬢様のために作っているのだ。
「火から下ろして,ラム酒を入れて荒熱を取る,と。むむ……」
寮で同室の龍宮とは交替で料理を作っているし,それほど苦手ではない。だが,ケーキ作りはどうも勝手が違う。
「ゼラチンを入れたら,ボールにチョコを入れて,カスタードクリームを入れる,か」
一つ一つ言葉に出しながら進めるが,うまくいってるのか自信がない。
それにしても,私がケーキを贈ったらこのかお嬢様はどんな顔をするだろう。
プレゼント仕様にするためにちゃんとリボンや箱も買ってあるのだ。
二人で食べる時のために,ナイフとフォークも用意してある。
『これ,せっちゃんが作ってくれたん!? うちのために?』
『勿論でございます,お嬢様。でも,お口に合うかどうか……』
そこで,綺麗にラッピングされた箱を開けるこのかお嬢様。中には,素晴らしい出来映えのパイが入っているのだ。
『すごい,美味しそう!』
お嬢様は目を輝かせる。
『なあ,せっちゃん。二人で一緒に食べよ』
切り分けたパイを食べる私達。二人の間に,甘い雰囲気が広がる。
『ん〜,美味しいなあ。あ……でも,ごめんなせっちゃん。うちは何も用意してないんよ』
しょぼんとするお嬢様に,私は優しく声をかける。
『何をおっしゃいますお嬢様。あなたの笑顔こそが,私にとって最高の喜びですから』
『せっちゃんは優しいなあ……。そうだ,もうちょっと隣に近づいてくれへん』
素直に近づく私。すると。
ちゅっ。
キスされた。
『な,なな,何をなさいます,お嬢様!?』
動揺する私に,照れたようにお嬢様は言うのだ。
『チョコレート味のキスや。今日はこれで我慢してな。ホワイトデーには,うちが体を張ってお返しするから!』
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265 名前:キスの味 2[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 00:05:45 ID:vVVkcqgl
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「か,体を張るってそれは……あ」
気づくと,思わず声に出ていた。ゆるんだ表情を引き締める。幸いにして,周りの生徒達は独り言だと
思ってくれたようだ。
だが,勢いよくメレンゲでかき回してしまい,エプロンや制服の裾にまで生クリームが飛び散っていた。
落ち着け私。失敗しては身も蓋もないのだ。気を取り直して,私は再びパイ作りにかかった。
日が暮れかかった頃合い――
ほとんどの生徒が,既にこの部屋を出て行った。
最後まで私ともう一人別のクラスの生徒が残っていたが,彼女も先程作り終えたようで,笑顔で部屋を後にした。残っているのは私だけ。
だが……思ったように,綺麗なパイは出来なかった。
何度か作り直し,ようやく最後に出来上がったパイはお世辞にも美味しそうには見えない。味は悪くないのだが,見た目が全然だめだった。
絞った生クリームがいびつに載っているパイを前に,私は落胆した。
このかお嬢様に,食べてもらおうと思ったのに。
美味しいって言って,喜んでもらいたかったのに……。
ちょっと泣きそうになりながら,後かたづけをする。
食堂の外から,楽しそうに笑う生徒達の声が聞こえて私は切ない気持ちになった。
せっかくだからと,買ってきたリボンと包装紙でラッピングする。やはり慣れないもので,少しゆがんでいた。
鍵を閉めて,食堂棟を後にする。薄暗い道をとぼとぼと,私は歩いて帰った。すると――
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266 名前:キスの味 3[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 00:06:30 ID:vVVkcqgl
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「せっちゃん!」
はっと顔を上げると,道のむこうにこのかお嬢様がいた。
「お嬢様」
笑顔で走り寄ってくるお嬢様。私は,後ろ手に持ってるケーキを隠す。
「もう,ずっと探してたんやで」
「はっ,すみません……」
「何言ってるのもう。ん? せっちゃん,何だか暗いなあ。何かあったん?」
心配そうなお嬢様に,私は笑顔を取り繕った。
「いえ,何でもありません。それよりお嬢様は,どうしてここに?」
「あ,そうそう。これをせっちゃんに,あげようと思って」
そう言ってお嬢様が差し出したのは,縞模様の包装紙に包まれた箱だった。
「これを私にですか?」
「うん。せっちゃんにはいつも助けてもらってるもんな。こんなんで悪いけど……うちの気持ちなんよ」
「いえ,何をおっしゃいますお嬢様!ありがとうございます」
先程の気分はどこへやら,私は嬉しくなった。ケーキを背後に隠したまま,私は片手で受け取る。
両手で受け取りたかったが,これは見せられない。
「んん?せっちゃん,それはなあに?」
やはりというか,見つかってしまった。
「いえ,あの,これは何でもないのですよ」
変な言葉遣いで首を振る私に,お嬢様は不安げな顔つきになった。
「そう……せっちゃんはもてるもんな。他の人からも貰ったんやね」
「いえ,違います! これはお嬢様にプレゼントするための……」
思わず口を滑らせてしまう。
「え,うちにくれるん?」
「えーと,そのですね」
こうなっては仕方がない。
私は洗いざらい話した。このかお嬢様のために,チョコレートパイを作ろうとしたこと。
何度か失敗したこと。
出来たものの,見せられるものではないことを。
「もう……そんなこと気にせえへんでいいのに」
お嬢様は笑顔になって言った。
「うちはな,せっちゃんのその気持ちが嬉しいんよ」
渡した箱を大事そうに持つと,お嬢様は私の手を引いた。
「ね,景色のいいところで食べよ」
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267 名前:キスの味 4[sage] 投稿日:2007/02/05(月) 00:07:18 ID:vVVkcqgl
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麻帆良の夜景が見えるテラスに来た。
椅子や階段のあちこちに,二人連れの生徒達が座っている。
街灯の近くを選んで,私達は腰を下ろした。
お嬢様は丁寧に包装を解き,蓋を開ける。
私の作ったパイを見ても驚いた顔はせず,にっこりと笑った。
「ほな,いただきまーす」
ナイフで切り分けて,私達はチョコレートパイを食べる。形はともかく,味はよかった。
「美味しいなあ,せっちゃん」
「ありがとうございます」
「あ,そうだ。うちのもチョコレートなんよ。よかったら,開けてみて」
そういえば,お嬢様から戴いたのだった。
こみ上げる喜びを噛みしめながら開けてみる。
中から出てきたのはハート型のチョコレートだった。まんなかに文字が書いてある。
『大好きなせっちゃんへ』
「お,お嬢様これは」
「いややわー,なんだか照れるえ」
照れ隠しなのか,私の肩を叩くお嬢様。ほのかに顔が赤い。
「ふふ,ありがとうございます,お嬢様。とっても嬉しいです」
「なあ,せっちゃん。ちょっとこちらに顔を寄せてみて」
「こうですか?」
私は体を傾けて,お嬢様に顔を近づける。
「んっ……んん!?」
手を回されて,キスをされた。私の唇に,お嬢様の柔らかな唇が重なる。
「こ,こっこ,こ,このちゃん!?」
「あー,やっとこのちゃんって呼んでくれた。いっつも,お嬢様やもんなあ」
「い,いえその,あの」
動揺して,心臓が高鳴るのを抑えられない。顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
このかお嬢様のキスの味。それは,とっても素敵なチョコレートの味だった。
END
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