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775 名前:其れはきっと幸せな事 ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/11/18(金) 18:35:17 ID:KsUO67W0
夜中、急に何かが欲しくなったことはないだろうか。

例えば、炭酸飲料やポテトチップス。例えば、白い飯やほかほかの肉まん。
そんな時ほど、それに対して普段以上の執着心が生まれたり、どうしようもなく其れが欲しくなったことはないだろうか。
コンビニに走れば容易に手に入るものならいいのだけれど ――私の場合は。

白みがかる明けの空、ベランダで忙しなくなくすずめ、朝露のついた窓ガラス。
4時を差す短針、シンクを打つ蛇口から漏れる水滴。
脱ぎ捨てられたままりYシャツに、温もりを持った掛け布団。

ああ、まただ。髪をかき上げれば、カチリ。長針が動いた。



776 名前:其れはきっと幸せな事 ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/11/18(金) 18:36:52 ID:KsUO67W0
最近、朝方に起きることが多くなった。原因はよくわからない。

あからさまな舌打ちをして、深呼吸。呆けた頭に酸素を廻す。朝方の湿ったそれは思いの他、勢いよく肺になだれ込んで来て小さな肺を軋ませると、鈍痛を生んだ。

「っ――はッぁ」
痛む胸を右手で押さえベットから起き上がる。
そのついでに伸びをして、ポキポキと小気味いい音を立てて鳴る骨を、耳の奥で聴く。

骨が鳴る現象が何故起こるかという事は、まだ解明されていないらしい。昔何処かで聞いた。
世の中にはわからない事が嫌と言うほどある。一見簡単そうな『骨が鳴る原因』と言う事も、まだわかっていない。
そんな事もわからないのだから、私の心情の複雑さの原因だって――そこまで思考して、無理矢理にそれを引き剥がした。大きくかぶりを振る。
之じゃあただ合理化して逃げてるだけじゃないか? 答えの返らない自問自答。

歩いて洗面所へ向かう。晴れ晴れしいとはいいにくい気分だ。毎度の事だから、もう慣れてしまったのだけれど。
蛇口を捻って冷水を出した。秋始めのこの時期、加えて朝方の水道水が冷たい事なんて十二分に承知していたが、手の甲に付いた水滴の冷たさに、一瞬ひるむ。

「…………」どうしようかと数秒考えて。
「……よしッ」それでも惚けたこの頭を覚醒させるのには持って来いだろうと考え直した。
気合を入れなおして顔を洗う。なんとも情けない事。
手探りで探し当てたタオルで乱暴に顔を拭いていた時に、はた、鏡の自分と目が合った。

先刻とは別の理由で酷く胸が痛む。
 乾きと甘さが共存する、不思議な痛み。

自分の、髪の色が目に入る。木乃香お嬢様の髪と瞳は、これ以上に綺麗だろう。なんて、考えて。

777 名前:其れはきっと幸せな事 ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/11/18(金) 18:37:54 ID:KsUO67W0
「ああ」
呟いて苦笑い。賭けをしてみたくなった、凄く単純な動機だった。


逢いたい。そう口には出せなかったけど。




生まれた執着心。
私だけを見ていて欲しい、なんて、個人主義の独占欲。

飛び起きて、彼女が欲しいと願う感情を恥だと思えない私の症状はもう末期だろうか。それでもいいと思えるのは、これ程までに愛しいと思えるのは。
嗚呼、苦くも甘いこの疼きの正体を、初めて認識する早朝の廊下。



人気のない廊下と言う物は、一抹の哀愁を含んでいるような気がする。
非常口を示す緑色の光がその周囲の天井を同じ色に染め、ぽつりぽつりと間隔を置いた照明が床を照らす。

水を打ったようにひっそりと静まり返る寮内に細く響く電灯の起動音は、この建物の寝息にも思えた。感傷に浸っている自分を一つ自傷気味に笑う。
朝の匂いは人を詩人にでもするのだろうか。この考え方自体がもう詩人風情だと言えるのかも知れない。

コツ、コツ、と規則正しい足音が胎動のように廊下に響く。

787 名前:其れはきっと幸せな事 ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/11/20(日) 19:22:26 ID:KwzWX5rI
苦笑いをした後に、深く息を吸う。プレートに書かれた「643」の部屋番号。
それと向き合って、顔に浮かべた苦笑を更に深めた。出でくるはずはない、それは解りきっていた。それでも、ドア一枚隔てた先に彼女が――木乃香お嬢様がいると言う事。
そう思うだけども、胸はどうしようもなく焦がれいてた。扉一枚、たったそれだけを超えれば、逢えるんだろう。笑ってくれるだろうか、不審に思うだろうか。逢いたかったと言ってくれるだろうか。

「逢いたい、なんて」

面と向かって言えるわけはないだろうけど。

「おこがましいだろうけど、お嬢様」

私は、やはり、貴女の事が、好きなようです。
貴女を好きでいられる自分を、誇りに思えるようです。

ドア一枚。たった4センチの幅の扉。ただそれだけが、絶対的な、境界線。ヴィーとか細い音を立てて廊下を照らす蛍光灯。
ノックしてみようか。ああ、でもいや――しかし。……無駄だろうな。シンプルな結論に至る。

でも、後2.3分だけ、待ってみよう。その間に、今生のいとまごいでも、と。思い立って、苦笑い。
深く息を吸って、吐く。鼻腔をくすぐる朝の匂い。東側の窓から差し込む光が、朝の到来を告げていた。一度だけ、ノックしよう。それでも駄目なら、帰ればいい。往生際の悪い考え方かもしれないけど、諦めがつく。
「――よし」
軽く握ったこぶしを、挙げて ――境界線へ



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