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871 名前:黒猫耳のタンゴ ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/12/10(土) 00:20:02 ID:Ce+PUlxw
「せっちゃぁん……」
お嬢様の力ない声が643室の扉の向こうから聞こえてきた瞬間に、桜咲 刹那その人の心の均衡バランスは音を立てず静かに崩れ去った。

何があった、どうした、――……お嬢様!

思考が直結され、答えを見つけたコンマ0.1秒。ガチャガチャとノブを回して、扉を叩く。
「お嬢様!何があったんですか!お嬢様!!」
押して見ても引いて見ても開かない扉にいらつきながら、無駄だろうとは心得つつも扉を叩く。
「開けてください!お嬢様!!一体、何が!!」
叩き付けている手が内出血気味に赤くなる。かまうものかと力の限り叩く。

「――このちゃん!」
頭では冷静に対処方法を考えているつもりだが、内心もはやそれ所では無いようだった。口調も呼称も考えず――否、考える暇などあたえられず、ただ心から沸いて来た不安をそのまま吐露する。

事の顛末を話せば、刹那の携帯に一本の電話が入ったことがまず始まりとなる。

先刻訊いたような威勢の無い、消え入りそうな声で木乃香が刹那の名を呼んだ。ただそれだけの事であった。

ただそれだけ。

そのただそれだけの事が、『尋常ではない事態』と『その事態の渦中に居る人物』それが刹那の脳裏に一寸過ぎった。考えるよりも先に体が動くという行為を初めて体験した15歳の初冬。



872 名前:黒猫耳のタンゴ ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/12/10(土) 00:23:51 ID:Ce+PUlxw
「っ――ああ、もう!」夕凪に手を掛けた。スッ、と一つ息を吸って、

止める。

「修理代は桜咲 刹那まで――ッ!!」

自身が云い終わるまで待たず、一閃、真横に薙いだ。キキッ、と金属の摩擦が耳の奥の方で聞こえる。―― そのまま右足で蹴りを入れる。
破壊音を聞き届ける前に、不躾とは心得ながら土足で部屋に入った。最優先事項。
フローリングの廊下を駆け抜け、部屋のカーペットを踏み、最優先事項を認識した瞬間に、己の目を疑うと言う行為を初めて体験する15歳の初冬、イン 木乃香お嬢様の自室。
「は……?」
視力は確か両目2.0だったよなとどこか惚けた思考をかっ飛ばしてみたりする。部屋に差す西日のオレンジはどこか不気味だった。異空間に迷い込んだような錯覚。

――もっとも、その『いつも通り』の風景を切り取っている要素はもっと別の所にあって――

「せっちゃぁん……」
部屋の中央にへたり込む、木乃香お嬢様、頭の上…?

「は……?」
再度、出た疑問の言葉。何とか打開してみようと、現実を否定しようと、目を擦ってみても、変わらない。涙目の木乃香が弱弱しく口を開く。
「せっちゃん……耳生えてもうたぁ…」
黒髪にぴょこんと生える耳。まごうこと無い、猫耳。視線を這わせる。――あ、シッポも。スカートの端からぴょこぴょこと動く、黒く長い尻尾。
オレンジと蛍光灯の身体に悪そうな光のコンテラストが充満する643室。

歪に捻じ曲げられた日常。痛くファンシーな非日常。

――――…………は?
夢ではないかと目を疑う麗らかな土曜日の午後の一幕

968 名前:黒猫耳のタンゴ ◆K1z/mB9tDA [sage] 投稿日:2005/12/14(水) 19:37:37 ID:ixbwH/ps
「えっと……お、お嬢様…?」

狼狽。

「……せっちゃん……」

嗚呼、でも。

一番現状に途惑って、狼狽えているのは、この状況の中心にいる木乃香お嬢様なんだと言う事。
目尻に涙を浮かべた木乃香を見た瞬間に、理解できたような気がする。

――――しっかりしろ。刹那。

自分自身を叱咤する。己がしっかりしてなくてどうするんだ。今一番不安定なのは――
其処で思考を打ち切られた。立ち尽くすばかりでは駄目だろうと思い、駆け寄る。不安そうな顔をした木乃香の横にひざをつけて座った瞬間。

「ふぇえ…せっちゃぁぁあん!!」
「おじょ……――おわっ!?」
ガバァ。何て、間の抜けた擬態語が聞えてきそうな具合に抱きつかれた。それも腹の辺りに腕を回され、がっちりと。
之は抱擁と言うよりは捕獲だろうなぁ、何てうっすらと思いながらでも、刹那はそれをしっかり受け止める。


数秒の沈黙。

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