TOP
TOP   SS   イラスト
<< 前頁  ◆VENk5mkP7Y 氏  次頁 >>
383 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/04(水) 00:15:34 ID:S4T45bzz
それから30分は経っただろうか?休むとは言ってみたものの横になったところで直ぐには刹那は眠れなかった。
仰向けになってもうつ伏せになっても、刹那の瞼は頑として下がらない。その理由は自分が今居る状況だった。
木乃香とは30センチと離れていない。互いの顔が互いに向けられれば相手の軽い寝息すら感じられるんじゃないかといった具合だ。
もうさっきから、刹那の心臓は早鐘の如く鼓動していた。
木乃香は‘一緒に寝よう’と言って事も無げにそう言ったが、刹那にとっては‘事も無げに’といった話ではない。
気持ちを落ち着かせようと何度か深呼吸をして、殆ど瞑想の境地に入ろうとしていたが、全て無駄になっていた。
木乃香が寝返りを打つ度、吐息や長い髪が刹那の耳元にかかる度、精神の集中が途切れてしまう。すると、
「せっちゃん・・・。」
刹那がはっとして横を向く。眠気も入り混じった胡乱気な目を木乃香がこちらに向けていた。
さっきまで軽い寝息をたてて寝ていたのに、どうしたのだろうか?
「どうかされましたか?」
すると、木乃香は、くすくすっと笑って続けた。
「今な・・・、夢の中でせっちゃんと遊んでた夢見たえ。ちっちゃい頃の事やったけど・・・。うふふ、ウチよう覚えてるやろ?」
「は・・・はあ。」
何だ・・・。夢の事か。しかし、お嬢様らしい・・・。すると、また木乃香が話しかけてくる。
「なあ、・・・せっちゃん。」
「?何でしょうか?」
「あとどれくらいしたら、また・・・‘このちゃん’って呼んでくれるん?」

384 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/04(水) 00:17:58 ID:S4T45bzz
そう言うと、木乃香はこちらにくるりと体の向きを変えて、刹那を見つめる。
おっ・・・お嬢様。私をそんな目で見ないで下さい・・・。そんな、雨の日の捨て犬(失礼千万)みたいな目をしなくたって・・・。
私だって・・・私だって・・・何も考えずにお嬢様の事をそう呼べたら、どれだけ幸せな事でしょう・・・。
いえ、・・・こうして一日が終わる時にあなたの傍に居られるだけでも・・・私は・・・。
私は・・・気が狂いそうなまでに、幸せなのに・・・。
それこそ、あなたは私の頬を真っ赤にして、心臓の鼓動を自分自身でも信じられない程速くさせて、まともな言葉一つも浮かんで来ないぐらいにさせたのに・・・。
何故です・・・?何故あなたは私をそうやって・・・目に見えぬ天秤にかけようとするのですか?‘お嬢様’と呼ぶ私か、‘このちゃん’と呼ぶ私かに。
ええ、そうです。私は怒っているのではありません。自分自身が情けなくてしょうがありません。
後者の呼び方を心の底から声の限りに叫びたいのに・・・呼ぶ勇気の無い私自身が。
「私は・・・私は・・・」
次の瞬間、刹那は木乃香をゆっくりと自分の方に引き寄せる。
肩を包むように抱くのと同時に、木乃香のふわあっとした髪の隙間から微かに石鹸の匂いが出てくる。
「本当は・・・呼びたいです。・・・お嬢様を・・・・・・、こっ、こっ・・・。」
そのまま言いたいが肝心の言葉が出て来ない。耐え切れずに、今度は刹那の方がぽろぽろと泣き出す。
「こっ・・・、この・・・こっ・・・ふうぅっ・・・うぅっ・・・。」
もうどんな言葉も用を足しはしない・・・。ただ泣くしか仕様の無い刹那は涙ながらに木乃香に言う。
「すみません・・・お嬢様・・・。私には、・・・私にはどうしても出来ません。お嬢様の・・・願いに沿えられない私を叱ってください・・・。」
すると、今度は木乃香が刹那を抱き返し、少し悲しげに言う。
「叱るって・・・そんなん、ウチがせっちゃんに出来る訳無いやん。・・・変な事言わんで・・・。」
「それでは、・・・私を許してくれるのですか?」
刹那が涙で潤んだ目を手で拭うと、木乃香はにっこりと笑って、
「許すも何も・・・せっちゃん、時間が要るんやろ?・・・ウチ、いくらでも待つえ。」
「有難う御座います。・・・お嬢様。」
やっと刹那は気持ちが落ち着いてきた。

385 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/04(水) 00:18:54 ID:S4T45bzz
「せっちゃん。・・・目、閉じてくれる?」
それは、唐突なお願いだった。出来ないという訳ではない。
「えっ?ええ・・・、良いですけど・・・、何をするんですか?」
「えっへへー。ヒ・ミ・ツ。」
賭けても良い。絶対―世の常識を重んじる刹那にとっては―節度の無い事だ、と刹那は思った。
しかし、ここでお嬢様の機嫌を損ねては失礼だと思い、取り敢えず目を閉じる。
突然木乃香が刹那をさっきよりきつくぎゅうっと抱き、自らの唇を刹那の唇にぴったりと合わせる。
刹那は一瞬にして全身が硬直する。最早胸の鼓動はどきどきなんて物ではない。破裂してしまうのではないかと刹那は思った。
やがて互いの唇がそっと離れる。とろんとした目に、紅潮しきった頬。そんな刹那の状態を見て木乃香は安心しきった様に言う。
「これで早う寝れるえ。ウチもせっちゃんも・・・。・・・お休みぃぃ、・・・せっちゃ・・・ん・・・。」
最後に木乃香は、眠気に負け、むにゃむにゃと発音のはっきりしない状態でそう言い・・・眠った。
災難だった当の刹那はまるで一秒一秒が、一時間ずつに引き伸ばされたかの様な感覚に襲われた。
気が付けば木乃香は早くも再び軽い寝息をたてている。
しかも、キスするために自分を抱いた時の手の締め具合は少し緩んだが、それでも体全体はぴったりとくっついている。
余程の事でもないと離れそうも無かった。
頭の中で刹那は朝日よ早くこの部屋を照らせと願ったが、意地悪な満月直前の月はその後も暫くその部屋の中を煌々と照らしていた。
刹那がその晩否応無しに徹夜をしたのは言うまでも無い。

<< 前頁  ◆VENk5mkP7Y 氏  次頁 >>


ページトップ

管理人:虚武僧
web拍手
┣サイトへの意見・要望
┗リンクミスの報告など