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380 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/03(火) 23:42:15 ID:Kaq8uFe2
季節は十一月の下旬。外に出るとかなり肌寒く感じられる。
刹那は最初の内こそゆっくり歩いていたが、体の中から滾々と出てくる感情に任せて走り、木乃香の部屋に来た時にはすぐ近くだったにも拘らず、息も切れ、指も木乃香が心配するほど冷えていた。
満面の笑顔で出迎えをした木乃香が夕御飯の準備をしている間、刹那は何かあった時のために持って来ていた夕凪の手入れをすることにした。
内心で刹那は呟く。
お嬢様に何かあったら私は全力を出してお嬢様をお守りする。だから、夕凪。お前もお前の全てを私に賭けてくれるか?
部屋の西日が夕凪の刀身にキラキラと美しく照り返る。まるで、剣が‘承知した’とでも言っているかの様に・・・。
そんな時、木乃香から刹那に向けて声がかかる。
「せっちゃん。ちょっと、来てくれる?」
何だろうか?取り敢えず刹那は、木乃香に悪い印象を与えないように、手入れ中の夕凪を鞘にしまってから台所へ向かう。
台所へ向かうと、湯気の出ている味噌汁の入っている鍋を前に、一人にらめっこをしている木乃香の姿があった。状況がさっぱり飲み込めない刹那は木乃香に一応質問をしてみる。
「お嬢様。どうかなさいましたか?」
すると、木乃香は近くにあった小さな皿を手に取り、おたまで味噌汁をほんの少しすくってから、それを皿に移す。それからその皿を、刹那の前にすっと出して一言。
「これな、ウチが作ったんやけど、・・・せっちゃんが、おいしいって思うかなあって心配になって・・・。」
お嬢様が作った物をまずいと言える訳がないじゃないか。いや、明日菜さん曰く、この部屋の台所事情を把握しているのはお嬢様だけと言っていた。
ともかく、刹那はそっとその皿を受け取って、ちょっとだけすする。
はっきり言って・・・おいしい。
味とか、塩加減とか、何に関しても自分にしてみれば文句の付けようもない程の出来だ。木乃香が刹那の顔を覗きこんで、
「どう?」
と、訊く。刹那は皿をそっと木乃香の方に差し出し、微笑んで答える。
「とても・・・、とてもおいしいですよ。お嬢様。」
すると、木乃香の顔がぱあっと明るくなって、物凄く幸せそうに言う。
「良かったあっ!ウチの味付け間違ってへんかったんやわ〜!」
それから木乃香は鍋の火を切って、炊飯器のご飯の出来具合を見る。
お嬢様・・・本当にお美しくなられました。容貌は勿論のこと、人間的な内面についても・・・。
半ばうっとりとした表情で一連の光景を見ていた刹那に木乃香から再び声がかかる。
「今日な、ご飯ちょっと多く炊いてしもてん。せやから、せっちゃん、幾らでもお替りしてもええよ!」
お嬢様はそういった事はされない人ではあるが・・・だとすれば、ちょっとした悪戯かな、と刹那は思う。
何もかもが微笑ましく見えてくる。毎日がこうであったら良いのに・・・。そうぼんやりと刹那は思った。

381 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/04(水) 00:04:43 ID:S4T45bzz
その後いい意味で2人だけの食事は会話も弾むほど楽しく進み、食後の後片付けと勉強を2人でやっていると就寝時間はあっという間にやって来た。
木乃香はベッドで眠ったが刹那だけは二段ベッドの横脇で夕凪を抱きながら、外を見ていた。外は満天の星空。月は明日満月を控えているようで、眩いばかりに黄色い光を放っていた。
あの時・・・今から一時間程前に、木乃香は一緒に寝ないかと訊いてきた。あまり断りたくない申し出だったが、木乃香が二段ベッドの下で寝ている事を考えると、断らざるを得なかった。
何かあった時にあのスペースでは行動を起こしにくい。
木乃香の寂しそうな顔がさっきから何度もよぎったが、致し方無い事だと割り切ろうとその度にそう努めた。
お嬢様を御護りするためには・・・。
物音一つしていなかった。梟の鳴く声すらも聞こえてこなかった。刹那は昔からその雰囲気に慣れている。
故に後ろで布団の布が擦れる音が聞こえでもすれば、直ぐに後ろを見ていた。
別に木乃香の力に引き付けられる有象無象にびくついている訳ではない。どの様な状態で戦闘状態になろうとも、臨戦態勢に入れる様にする、条件反射の様な物だ。まあ、大体は木乃香が寝返りを打つ音だったが。
刹那は再び居ずまいを正す。今のところ怪しい気配は無い。まあ、したらしたでその瞬間夕凪がそれを消し去るだろうが。
自分という存在は護衛も兼ねている以上油断するわけにもいかない。刹那は夕凪をきつく握り締めた。
直後布団の布が擦れる音が再びした。
これで三度目になるかと刹那は振り返る。
するとそこには上半身をやや起こした木乃香が半分寝ぼけ眼でこちらを見ていた。
刹那は一気に力が抜けた。
「どうかされましたか?お嬢様。」
刹那の問いに木乃香は少し心配そうな顔で言った。
「せっちゃん、寝えへんの?」
至極当たり前の質問だった。時刻は確かに真夜中にさしかかっているかどうかだったからだ。刹那は慌てて答えた。
「私は・・・お嬢様を御護りする任がありますから・・・。どうぞゆっくりお休みになられてください。」
「でも、もう夜も遅いえ。早う寝えへんと、明日寝不足で疲れてしまうえ?」
やはりお嬢様は優しい方だ、と刹那は改めてそう思う。任に当たる私に心を砕かれるとは。感慨深く思われたが、先にお嬢様の私への心配を払拭させねば・・・。
そう思い、刹那は何の気無しに木乃香の心配を無くす為に一言告げる。
「私の事は大丈夫です。昔からこういった事には慣れているので、お気になさらずお休み下さい。」
そう言って刹那は夕凪をまた握り直し、木乃香に背を向けた。
突然、木乃香が刹那の背中に抱きついてきた。刹那は一瞬どきりとして夕凪を手から落としてしまった。コツンと木乃香のおでこが刹那の後頭部に当たる。
刹那の首筋に温い水の雫が滴り流れた。一つ、二つ、次々と。
平静を取り戻しかけた刹那が木乃香に声をかけようとするが、半瞬程木乃香の方が早かった。

382 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/04(水) 00:05:55 ID:S4T45bzz
「大丈夫やない・・・。せっちゃんの‘大丈夫’は大丈夫やない・・・。」
喉の奥から絞り出した様な震える声だった。木乃香は額を刹那の頭に当てこすりつつ続ける。
「無理したらあかん・・・無理したら・・・。」
木乃香の腕が刹那の胴をきゅうと締める。刹那はその手にそっと優しく触れる。
「ウチもせっちゃんの事が・・・せっちゃんの事が・・・ほんまに、心配や・・・。だって・・・だって・・・せっちゃんが・・・せっちゃんが・・・ウチのおらへんところで・・・おらへんところで・・・どうかなったら・・・」
そこから後はすすり泣きの声に紛れて聞き取る事が出来なかった。時々鼻をすすったり、嗚咽が聞こえる。
刹那は思う。嗚呼、私はまた今日の夕暮れ時のあの質問と同じ過ちを犯してしまったのだと。
お嬢様の気持ちを察しよう、察しようとしていつも失敗して。お嬢様を悲しませるような事しかしないで。私は結局何がしたいんだ?
考えても詮無い事ばかりが刹那の脳裏を過ぎる。
木乃香の刹那の身体と精神への心配。自分も木乃香に関しては同じ感情を持っていたが、相互でその度合いが違うのは、刹那にしてみれば情けない事だった。
背中では木乃香が、声こそ小さくなったものの、まだすすり泣いていた。刹那はもう何をすべきかはわかりきっていた。
その場で膝をつきつつ半回転をし、木乃香と顔を合わせて、出来るだけ優しく言った。
「では、私も休みましょう。・・・お嬢様がお望みなら・・・。」
「あーっ!まーたせっちゃんお嬢様って言うー!」
「す・・・すいません。」
そんな刹那を見て木乃香の顔に笑顔が戻った。良かった、と刹那は思った。木乃香が続ける。
「せっちゃん、今から寝るんやろ?」
「は・・・はい。」
「せやったら、ウチの隣で寝てくれへん?」
刹那はさっき木乃香が抱きついてきた時と同じくらいどきりとした。さっきは、冷え冷えとしていた頭が今や沸騰しきっていた。
合わせて舌がもつれて言葉が上手く出せない。
「あ・・・あの・・・その・・・わっ、私は・・・あの・・・」
慌てふためく刹那の顔を木乃香は面白がる様ににこにこした顔で見つめていた。
だめだ・・・もう無理だ。こうなってしまっては・・・。お嬢様の熱意勝ちだ。
「では、お嬢様失礼します・・・。」
熟れた林檎よりも真っ赤な頬をした刹那がベッドに入ったのは、その直ぐ後の事だった。

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