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362 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/09/30(土) 13:43:47 ID:UiuSNJnu
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「私は、今はそういう人は、いません。そういう事に気を注ごうとは思っていませんから。」
そう言った時だった。微笑みを浮かべていた木乃香の顔の表情がさっと暗くなった。まるで水に墨を混ぜたかの様に。
「お嬢様?」
自分が目一杯考え捻り出した答えが、随分と的外れな所を衝いていたと気付き、驚嘆の顔で刹那は木乃香を見た。 今の一言で木乃香が暗い顔をした。一体今の一言の何処に拙い点が在ったのだろうか?
それは言葉を選んでやっと出てきた一つの文だった。 なのに、何故なんだろうか?
刹那が言いあぐねていると、木乃香がゆっくりと口を開いた。
「せっちゃん、ウチって言うてくれるかなあって、思てた。」
「えっ?」
刹那は頭にくらっとする感覚を覚えた。今何て?
「ちょっと、残念やったなぁって。うふふ。」
「お、お嬢様?」
僅かばかり呆けかけている刹那を見て木乃香が、ぷっと小さく吹き出した。
「なあんてな!冗談や冗談!だって、ウチら女の子同士やもん。」
その顔は笑ってこそはいたが、どこか物寂しい表情で木乃香は刹那を見つめていた。
大きく、そして何もかも見透かされてしまいそうな暗褐色の瞳。
刹那はその視線が自分の心に向けられている気がしてならなかった。 木乃香は話を続ける。
「せっちゃんも、いつかは好きな人が出来るやろし、それはウチもやと思う。ウチな、女の子同士好きになったら変って思てへんよ。周りがどう言うてもどう思ても。気にしないえ。」
確かに、その一言は色々と否定しようの無い事実を含んでいた。
大和撫子を地でいっているお嬢様はきっとお美しくなるに違いない。
私はどうかはともかくとして、お嬢様に言い寄る男なぞ居過ぎる位になるだろう。 無論、その相手は長(出来れば自分も)が見極めねばならないが。
何れにしろ、女性同士で愛情を育むなぞお嬢様はあまり気にしていらっしゃらないご様子だが傍から見れば‘異常な’関係ではないだろうか?いや、その筈だ。
少数派の意見は時と状況と内容に寄るところが大きいが、大方の場合においてそれは奇異の眼差しを一転に集めるものである。今回の事なぞ正にそれの好例だろう。
だが、それが、一体何だというのだろうか? 常識とか、そうでないだとか、正常だとか、そうでないだとか。 そういった枠に、社会が決めた暗黙のルールならぬ、暗黙の拘束に従って、私はお嬢様から離れなくてはならないのだろうか?刹那はそう思った。
しかし、悲しいかな。刹那がそう強く思えば思うほど、彼女の気性は、社会そのもの、社会の律というものに背くことを決して許そうとはしなかった。
そして、それは今後もずっとそうだろう。 ずっと、ずぅっと。
‘想い’に苦しむ刹那に木乃香が再び話しかける。
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363 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/09/30(土) 13:47:53 ID:UiuSNJnu
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「でも、せっちゃん。」
「はい?」
「ウチは、せっちゃんと離れとうない!離れとうないえ!」
いつになく高ぶった感情を木乃香は刹那に見せていた。刹那は少し体を引いた姿勢でそれを聞いていた。
木乃香は一呼吸間を置いて続けた。
「せっちゃん。さっき言うた事は確かに本当の事やと思う。けど、其の時は多分ウチがせっちゃんと少し間を空けなあかん事になる。そんなん、そんなん嫌や!」
「お嬢様。」
これまで刹那は木乃香の本心を聞くということが余り無かった。
と言うよりは、刹那がそうしようと働きかけなかったというだけ、と言った方が早い。
どちらかと言えば、関係的に、木乃香の方が一歩ずつ歩み寄ろうとしているにも関わらず、刹那は100歩も200歩も後退りをして間を空けている状態が続いていた。
少なくとも、今年度の始めまでは。
気が付くと木乃香の顔が、お互いの鼻がくっつきそうになるくらい近づいていた。
見ると、木乃香の顔が真っ赤だ。
それが、‘照れ’に寄る物だとは言わなくても刹那は解っていた。
柔らかい唇がかすかに震えて言葉を紡ぎ出す。
「今、ウチに出来る事は、これ位しかないけど。」
次の瞬間、木乃香は刹那のきょとんとした顔の頬に自分の唇をあてがった。
2〜3秒ほどその状態が続き、やがて、木乃香はゆっくりと刹那から離れた。
雷に打たれたかの如く、その場に呆然と突っ立っている刹那に木乃香はにっこりと笑って、
「せっちゃん、だーい好きやっ!!」
と告げ、一目散に寮の方向へ走り、あっという間に居なくなった。
その間に木乃香がじゃあねとか、また明日とか言っていた様な気がするが刹那の耳には何も聞こえては来なかった。
なおも根が生えたように刹那はその場に立ちつくしていた。
ほんの2〜3秒間のあの瞬間が刹那には何倍にも拡げられた長い時間にも感じられた。
手の指であの一瞬を生み出した場所にそっと手を触れてみる。少し湿っていた。
ここにお嬢様の唇が。
そう考えると頭がすぐにぼうっとなった。
刹那はしばしその場に呆然と突っ立っていた。
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369 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/01(日) 02:45:15 ID:e/WC4m5Z
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2
寮の自室に戻った刹那は、未だにぼんやりとしていた。殆ど無意識に、鞄を机の上に置き部屋の中央にペタンと座り込んでしまう。
心臓の鼓動も大分落ち着きを取り戻してはいたものの、まだ普段より若干速いのが、手を当てればすぐに分かった。
刹那は思う。お嬢様は、私の抱く想いに何の言及もなさらずに、素直に自分の気持ちを仰られた。
そう思い直した時、僅かばかりの後悔の念が刹那の胸中に去来する。
お嬢様は昔からああいう答え方をされても、自身は勿論、周りの人からも寧ろ微笑ましいという視線で見られていた。
だったら、自分はもっと正直に思いの丈を告げても良かったのではないのだろうか?
その考えまで辿り着いた時にはもう刹那の頭の血はとうに冷えていた。その頭の中で刹那は猛省していた。
結局、自分はお嬢様に嫌われない様にしていたのに、最悪の言い方とやりとりで、互いの距離を増やすだけ増やしていただけなのだと。
あまりにもやるせなかった。お嬢様を思っての言動が結局は傷つけているだけだったなぞ。
何故もっと気持ちを察してやらなかったのかと刹那は遅ればせながらテーブルに肘をつき頭を抱える。同時に望んでもいない溜め息まで出た。
今お嬢様はどうしていらっしゃるだろう?どう思ってらっしゃるだろう?
少し間を置いてから溜め息を再び吐いた刹那は、自分の後方で電話のベルが鳴っているのに大分時間を要していた。
我に返った刹那は慌てて電話の方に駆け寄る。
コールを十回も放ったらかしにしていたから、電話の相手はさぞ立腹している事だろうと、済まない気持ちで刹那は受話器を取った。
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370 名前:近鉄川西[] 投稿日:2006/10/01(日) 03:25:08 ID:e/WC4m5Z
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「もしもし。」
刹那が答えると受話器の向こうからは、今正に話がしたかった相手が可愛らしい声で返事をした。
「あっ、せっちゃん?よかったぁ、部屋におったんや。何度か電話鳴らしたんやけど、なかなか出えへんから心配したわ〜。」
「す、済みません、お嬢様。」
咄嗟に刹那は木乃香に対して詫びていた。しかし木乃香は、全く意に介するような気配も見せずに、刹那に優しく言う。
「ええんよ、気にせんでも。だって、せっちゃんやもん。」
「は、はあ。そうですか。分かりました。それで、私に何の御用でしょうか?」
‘私に何の御用でしょうか’など。色々な出来事が今まであったにも拘らず、木乃香と話す時に相変わらず他人行儀な話し方を脱しきる事の出来ない自分を刹那は恥じていた。
‘どうしたの?’とか、もっと欲を言えば‘どないしたん?’とか。今度からもっと気をつけようと刹那は思う。
だが、今度も受話器の向こうの木乃香は、その物言いに別段気にしている様子も無く、照れと困惑の複雑に入り混じった声で刹那に話しかける。
「あんなぁ、明日菜とネギ君、今日はエヴァちゃんトコに行くんやて。せやから今晩は部屋にうち一人だけになってまうのよ。それで、もしよかったらせっちゃんこっちに来てくれへんかなあ、て思て電話したんやけど、来れる?」
刹那は受話器を握ったまま思考を凍らせていた。一晩だけであってもお嬢様と同じ部屋で2人っきりに・・・。時間があるのだから、何かと話す事も多くなるだろう。こういう時こそお嬢様の気持ちを取り戻すいい機会ではないか。
刹那は木乃香のその提案に対して、
「勿論です。今からでもすぐに行きます、お嬢様。」
と返答していた。
「うふふっ、まだ六時半ぐらいやからゆっくり来たかて問題無いえ。ほな、待ってるわ。」
木乃香はまるで年中行事の楽しい事が二ついっぺんに来たかのような楽しげな返事をして電話を切った。
殆ど同時に刹那も電話の受話器を置く。治まっていた心臓の鼓動が再び早鐘の様に鳴り始める。
ものの10分程で刹那は身支度を終え、ドアを開け、愛しの木乃香の元へ向かっていた。
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