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203 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/11(月) 22:06:17 ID:ltQDPWSu
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身体の自由を奪われながら尚も耐える。
冷えきった空気にも震えることはない。
胸の内に宿る後悔の念は正常な体温感覚を奪い、その全ては今や人知れぬ懺悔へと回されていた。
木乃香と隔離された時に漸く理解したのだ。余りにも自らの考えが甘かったこと、そして……思慮の浅さを。
詫びて全てが赦されるならば死ぬまで彼は唱え続けたに違いない。
しかし、今の彼には審議会にとってもうじき始まる宴への駒としての価値しか残されていなかった。
謝罪の言葉を対象に口にすることも叶わずに詠春は等間隔で響き続けていた水音を乱れさせた。
滴る血に混じり、透明な滴が床を濡らす。
それはあの惨劇の日と同じく、彼の肌を洗い流していたことに詠春は気が付いていたのかいないのか…………
きっと、嗚咽だけが知っていた。
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206 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/12(火) 07:43:09 ID:Fv29F+Hj
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近衛家を取仕切る存在である、通称『審議会』。
この強大な権力を持つ組織の決定は近衛家の意思そのもの。
名目上立てられた詠春は文字通り飾りだった。
彼らにとって詠春は審議会の決定を末端に伝える為の単なる拡声器に過ぎないのだ。
……審議会。
それはどんな役割を持った機関なのか木乃香は知らなかったが、今……確実に理解したことがある。
……善か悪かで分けるのならば紛れもなく『悪』だ、と。
「そう堅くならずとも良いではありませんか、お嬢様?
もう少し楽になさったらどうです、肩が凝りますぞ」
嫌味を含んだようなその口調に木乃香の眼光が鋭くなる。
平均年齢六十八歳と高齢揃いの審議会の面々でも一際皺の目立つ白髪に長身の老人……近衛八重蔵は木乃香の反抗的態度がいたく気に入ったらしく、嗄れた声で笑った。
「威勢が良いのは母譲りなようですなぁ?
あの朴念仁に見習わせたいものです」
朴念仁というのが詠春を指していることに気付き木乃香が八重蔵を睨む。
その目には滴が溜まり、動けばきっと零れただろう。
父は朴念仁などではない、争いを好まぬ優しさと強い意思とを併せ持った尊敬すべき人間なのだ!!
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207 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/12(火) 07:43:37 ID:Fv29F+Hj
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「お父様は…………っ、
どこや……………!!」
「焦らずとも直に知れましょう、そんな調子では次期頭主は務まりませんよ」
「そんなんどうでもええっ!!!
お父様はどこッッッ!!!!」
大広間の一角に涙が散った。
普段のおっとりした木乃香の様子を知る長にとってそれは可笑しい事であったらしい、上機嫌とも取れる声で話し掛ける。
「……ふふ、気になりますか?」
「……当たり……前や……っ」
「教えてあげても良いのですが、知ったら貴女はどうなさるおつもりなのでしょう?」
「愚問をッッ!!!
この足で助けに行くに決まっていましょう!!!!」
木乃香の脳裏に、脇差で峰打ちされ頭から血を流し倒れた詠春が走る。
「あっははははは、親思いの方だなぁ、今の若者は親を省みない者が多いというのに。
貴女のような方が今のこの国にも存在するというのは喜ばしいことだと僕は思いますよ、……ふふ」
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208 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/12(火) 07:44:08 ID:Fv29F+Hj
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「無駄な口を……ッ!!
近衛兼定……、貴方に問います……!!父は……何処ですか……っ!!」
兼定に掴み掛からんばかりの木乃香の腕を脇の僧兵が両脇から捕える。
「何処、と言われましてもあの部屋に名など付いていませんからねぇ……」
名を呼ばれ老人がいやらしい笑いを浮かべる。
「そうですなぁ、はは、『離れ』としか言えませんしな」
「……ふふ、それではあんまりです。
う〜ん、『宣告の間』……いや、『首狩の間』なんていいかもしれないですね。
あはは、僕に名を付けさせるべきではないなぁ、日本語の美しさを死なせてしまう」
怒りで顔を赤くしていた木乃香の表情が途端、色を変えた。
「ころ……す…………つもり…………なん……か……」
「ふふ、そんな事はしませんよ」
一瞬安堵した木乃香を満足そうに見据えた後、近衛家の意思の決定点となる存在……近衛兼定はにっこりと笑い、続けた。
「今はね」
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