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◆AIo1qlmVDI 氏
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215 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/13(水) 19:35:43 ID:zcgxCtUo
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近衛兼定。
やや低めの背丈に細い手足は見る者にどこか中性的な印象を与える。
彼の実齢を知るのは近衛家全体で片手で足りる数しかおらず、審議会の面々に取っても謎の多い人物だった。
兼定の外見年齢はニ十代半ば程な為、内心彼に従うことを良しとしない者もいたが、その不気味な笑い方と穏やかな口調の不均衡が相俟って逆らう者は余りいない。
長く伸びた前髪は優に目許までをすっかり覆い、薄気味の悪さを際立たせる。
前髪のせいで表情が掴みにくく、くぐもった話し方をする彼は自分がどんな存在であるかを理解した上でこんなことをするのだが、それを承知している者は一人しかいなかった。
いつも彼の傍らで、助言とも進言ともつかぬ言葉を吐くその男。
彼を兼定は嫌ってはいなかった。ただ大人しく自分の言うことを聴くばかりの老人達にやや辟易していた兼定にとってご機嫌伺いではない他者の意見はこの上ない面白みがあったのだ。
(馬鹿な男だ)
内心呟き、薄く笑う。
その馬鹿な所も嫌いではないし、むしろ無駄に生きる老人達より遥かに好感を持っていた。
だからこそこちら側に引き入れたかったのだが、予想通り拒否されたのだった。
それすらも兼定は面白く思っていたが、当人からしたらそんな計画の片棒を担ぐわけにはいかないというだけである。
出来れば殺したくはないが、泳がせるには極めて邪魔な存在。
……しかし。
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216 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/13(水) 19:36:14 ID:zcgxCtUo
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(……ふふ、どうやら僕はあの人が嫌いじゃないらしいなぁ)
人前に出る事をあまり好まない兼定は自分の言わば分身としての存在を長らく探していた。
温厚そうに見えて芯のある性格を買い、補佐にするつもりで頭主に祭り上げたのだがそれは間違いだっただろうか?
現にあまりに若く頭主となった詠春を毛嫌いする老人が出たからだ。組織に対し無頓着とも言える兼定であるが、派閥が出来る事は望んでいない。
小太刀を持って自分に斬り掛かってきた詠春を思い返す。
あの態度ではもう確実に自分の意を汲んではくれまい。
柔らかな表情の奥の眼光は生かす価値は十分にある。
老人達は彼を貶すことしか知らないようだが、全く……。これだから無駄に歳を食うのは嫌なのだ。
詠春のような一見気弱そうでいて実は堅実な者が何より有能だと言うのに、ああも頭が堅くては出来ることも出来たものではない。
歓心を得る為の行動を取ろうとしないのはその娘にも言えたこと。父娘共々嫌いどころか、逆にさえ思う。
自分の元に付く可能性に賭け問うた言葉を思い返し、薄く笑う。
子供とは言え甘く見てはならない。木乃香の表情から兼定はそう察した。
残念だが詠春は……仕方があるまい。どう説き伏せようと自分に靡くことはないに違いない。
……しかし。
あの温室育ちのお嬢様はまだ必要だ。
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217 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/13(水) 19:36:59 ID:zcgxCtUo
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(……ふふ、
……まぁ……、オモチャはいつか壊れるものだしね)
手に持っていた扇をぱちりと畳み、軽く力を込めるとそれはまるで紙屑のようにへしゃげて折れた。
骨の折れたそれを一瞥してから床に放る。
乾いた音、ひとつ、ふたつ。
「……次期頭主は……
…………知らなくても良いことを知りすぎたね…………」
その呟きを聞いた者は彼自身を除けば誰ひとり、……いなかった。
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218 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/13(水) 19:37:28 ID:zcgxCtUo
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まどろみから覚めた時、広がっていたのは見知った天井。
……目の前が真っ白になる。
そんな感覚を木乃香はこの瞬間まで知らなかったが、…………今では。
何かが頭の中から掻き消されたような……そんな奇妙な感覚。
……少し頭が痛い。
今まで何をしていたんだっけ。
……この部屋はどこだっけ?
部屋を見回す内に徐々に断片を思い出す。
確か……何か用があって帰ってきたんだ。
だけどその用というのが思い出せない。記憶にぽっかりと穴が空いている。
大切な用だった気がするのにそれがなんなのかは全くわからなかった。
わざわざ実家に戻ってきてまで言いたいこととはなんだろう?
用があったのは思い過ごしだったのかもしれない。親元を離れて生活するのは案外心細いものだと知っている。
……いや、そんなはずないじゃないか。
切り取られたように消えた記憶をホームシックの一言で片付ける気か?
額に手を当て目を閉じる。
鈍器で殴られたなどないがきっとこんな後味なんだろう、そんな気分の悪さを残す鈍痛。
……落ち着いてひとつずつ思いだそう。
何故自分は実家に帰ろうと思ったのか?誰かは一緒だった?どうやってここまで来た?
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