|
<< 前頁
◆AIo1qlmVDI 氏
次頁 >>
|
380 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/27(水) 18:19:00 ID:xEODV546
|
「………………」
高畑はこの日何度目とも知れぬ溜息を吐いた。
事態が思わしくないことは薄々感じていたがここに来て突然早急さを増すとは……。
吸わずに指で挟み放置していた煙草は灰皿ではなく書類の上にその残骸を散らせている。
慌てて灰をはたき、少し汚れてしまったそれに目を落とした。
「……そうだな、彼女等ももうじき十六だ」
呟いてから乱雑に物の犇く卓上に置かれた小さなカレンダーを見やる。
余りにも伸びた猶予期間に今まで意識が遠のいていただけで今日まで何事も起こらなかったことが奇跡なのだ。
そうだ、これは十年前に既に起こっていた筈の事。それを詠春が止めたからこその今日の平和だ。
ゆるゆるとかぶりを振り、箱から煙草を新しく一本取り出す。
が、普段の自分からすると明らかに量が多いことに気付き、一度取り出したそれを終った。
高畑はあの場に居合わせては居なかったが、其処から帰ってきた詠春の荒み振りに驚いたことははっきりと憶えている。
いつ見ても手を洗っている詠春の様子は正直、異様だった。
四六時中水を張った洗面器に張り付く彼に事情を聞こうにも詠春はただただうわ言のように呟くだけで要領を得なかった。
|
381 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/27(水) 18:19:27 ID:xEODV546
|
(すまない……、すまない……、すまない…………ッ!!)
何に謝っているのか、詠春は自分など見えていないかのようにそればかり繰り返していた。
肩を揺すり正気に戻しても数時間後にはまた手を洗っている。その手を見れば皮が剥けて薄く血が滲んでいた。
(落ち着け、落ち着くんだっ、詠春……!君は何もしていない、君が悔やむようなことは何も……!!
それどころか君はあの少女を救ってさえいるだろうっ?!)
(違う……ッ!!
救ったわけじゃないんだ、私は……私、は……ッ!!
安っぽい良心が……いや、それも違う……、
目の前の惨劇を自分の中で無かったことにする為に……自分が楽になりたいが為に……何の後先も考えず……ッ!!!
私は…………ッ)
何も詳しくは知らない高畑にそれ以上何が言えただろう?
彼に許されたのは盟友の嗚咽をその腕で受け止めることくらいだった……。
その後精神療養を受け詠春は徐々に回復し、笑顔を見せられるようにまでなる。
それを見て安堵したのが懐かしくさえあった。
高畑は鳥族を知っていたし、彼らと戦ったこともある。あの悠久の風の一員だったのだから当然と言えば当然だが……。
詠春が鳥族の子供を助けたと聴いた時、高畑は驚いた。
彼の心をぼろぼろにさせた原因は鳥族に非がないとは言え、その子供を見ればきっと思い出すに違いなかったから。
しかし詠春は自分の子供のように少女に接した。
庭園を連れて歩いたり、膝に乗せて髪を撫でている様子を見たこともある。
私は彼女の想いを忘れてはならない、だから忘れてしまった彼女の代わりに自分が憶え続けていようと思うのだ、と詠春は後に高畑にそう語った。
詠春は複雑な表情を浮べ高畑にもう一度言った。
|
382 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/02/27(水) 18:19:57 ID:xEODV546
|
(これは罪滅ぼしのつもりなのか、贖罪の念がさせるだけなのか……、まだ分らない。
だが、私はこの子の幸せを探したいんだ。
何処かに必ずある、幸せを……。
その為に……、刹那と……名付けたのだから)
整いつつある舞台を前に高畑は迷っていた。
「彼」の目的を知る数少ない人間の一人として、苦渋の選択を迫られているのだから。
高畑はごく普通の人間だ。数百年の時など生きてはいない。
しかし、それでも……若輩の身でもわかることが少しはある。
だからこそ迷っていた。
このまま傍観者でいるのは高畑のよく知る人物達に危害が加わるのを文字通りただ眺めているということだ。
それを理解していても……高畑は制止の言葉を思いつけずに居た。
あまりに似たふたつの影が瞼の裏で重なり、消えていく。
彼を最後に見たのはいつだったろう。
その時既に彼は……。
……記憶が途切れかけてきている証拠だ。
恐らく羽の数も後1,2本しか残されていないのだろう。だから彼女等の16歳を待たずして動き始めたに違いない。
翼と……記憶。
そのふたつは既に揃っている。
後彼がやらねばならないことはひとつだけだ。
小さくその名を呟く。
それに込められたものを知る人間として。
その呟きと連鎖するように、後方で凄まじい音が響いた。
振り向いて人影に気付く。
|
|
<< 前頁
◆AIo1qlmVDI 氏
次頁 >>
|