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◆AIo1qlmVDI 氏
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537 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/21(金) 18:46:24 ID:gUqKeYGw
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部屋を後にする千雨を見送り、高畑は軽く手を振った。千雨は特にそれに反応を見せるわけでもなく彼の視界から消える。
「…………」
千雨の気配が部屋のある三階から消えるまで、高畑はドアの外でただそこに立っていた。
そして、気配が高畑の意識圏内から完全に絶たれる。この校舎棟の部屋付近に残っている生徒もいない。高畑はドア消滅の鍵を唱え、部屋に戻った。
千雨に散々言われた雪崩書類の山をぼんやり見つめ、数枚手に取り再度戻す。掃除するのは相当後になりそうだな、と思った。もう今夜には京に出向かなければならないのだ。
それに、ネギと会話せずとも高畑は京に行く事が決まっていた。
「こんなだからここは片付かないんだね」
苦笑しながら部屋を見回す。一言で言うなら、そこは『荒廃』。
もうかれこれ三年は手を入れていない。下の方にある書類などは既に用済みとなっているものが多数だろう。取り出して眺めたら懐かしさと相俟って随分面白いに違いない。
しかしそんなことに感けている余裕など、高畑にあろうはずもない。掃除が苦手なのは事実だが、それよりも困難を極めるものが彼の世界には数多存在した。
そして、今回のそれは高畑の記憶にある限り、最悪最強と言える。いや、最兇……か。
……そんな定義付けなどどうでもいい事この上ないのだが。
千雨の座っていた椅子を脇に寄せ、代わりにサイドテーブルをずらしそこに置く。新しく彼に届けられた書類一山を溜息と共にテーブルに置くと目を瞑った。
誰の血が流れるのだろう。
今回は、誰が死ぬのだろう。
誰も傷付かない方法など結局、ありはしない。
綺麗事の理想論を振り翳す時期はとうに過ぎた。今でも出来る限り犠牲は出さぬよう努めているが、それでも人は死ぬ時は死ぬのだ。彼がいくら手を伸ばそうと、目の前で……、死んでゆく。
それが……、高畑の現実だった。
自分の守りたかったものは何なのだろう、と額に手を当てながら思う。
昔は全ての人が幸せになれることだけを念頭に突き進んでいた。
今では誰も傷付かない、誰も不幸にならない可能性を思案することさえ無駄だと思ってしまう。
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538 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/21(金) 18:47:15 ID:gUqKeYGw
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誰かにこう言ったとしたら冷血漢と罵られることだろう。教師の言葉か、と蔑まれるだろう。
だが、争いの中でかけらの犠牲も払わずに事を治めようと考えることがそもそも間違いなのだ。
争いは争いを生む。
だが、争いを鎮めるのはいつの世も圧倒的勝利に支えられた事実のみなのだ。
勝てば官軍、とはよく言ったものだ。
勝った者が時代を造り、常識を作り、未来のレールを形作る。
そんな世界を変えようなどと思っていた頃が高畑にもあったけれど。ひとりふたりの力で世界が変わるのなら、世界は太古より腐るほどの変革の繰り返しとなっている。
何かを変えるということ。それは今までの何かを殺すことに他ならない。
そうして殺された世界に生きていた者達を誰が省みる?自分のような過去に引き摺られ中途半端な位置に立つ者位だろう。いや、省みるなんておこがましいにも程がある。ただ眺めていただけだ。
例えばそれは十年前。詠春が苦しみもがき懺悔の涙を零す様をただ、何もせずに見ていた。
翼の少女とその周りの世界が殺されていくのを、ただ……。
…………あの時本気で動いていれば少しは何かが変わったのだろうか。
詠春はソレを贖罪、と呼んだ。
ならば、僕はこれをなんと呼ぶのだろう。
千雨に重要なことは伏せつつも話したことを高畑は少し後悔しかけていた。あのまま半端に知っていることは間違いなく危険だ。だから伝えること自体に間違いはない。
だが、もう少しやり方はなかったか、と今更ながら思う。
ほんの少しだけ事実を晒し、完全なる保護下に置くべきではなかったか。
ネギを責めるわけではない。ネギはまだ本当に幼く、老獪の権謀など理解できる筈がないのだ。だからこそ、老人達はそれを狙ったに違いない。何も知らない非力な人間を巻き込むことで有利なカードを作り出すということを。
どちらが不利か有利かなどはわからない。しかし、仮に五分五分の開始だったのだとしたら、今こちらは老人達にとって有利となる者を二人造られてしまったことになる。
ネギと、千雨だ。
ネギは将来が非常に望まれる前途多望な少年だ。消せるのならば今のうちに、とでも考えているのかどうかは知らないが、少なくとも現時点は強力な能力者ではない。
そして千雨は間違いなく一般の何の変哲も無い少女である。もしあちらの手に渡ることがあれば切り札とまではいかなくとも人質としては利用出来る。
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539 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/21(金) 18:48:09 ID:gUqKeYGw
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……………………。
高畑は自分の冷たさに心底嫌気が差した。
………………違う。
本当は千雨に人質としての価値などないし、あちらに渡ろうと一向に困りはしない。
何故なら彼女は『只の一人の人間』だからだ。
千雨が死のうと生きようと世界に変動など起きない。
人質が成立するというのは、世間の目がある時である。例えばそれは時に誘拐事件であったり、銀行強盗であったりする。メディアを介し世に流れ、人名を軽視することが批判に繋がる土壌があって初めて人質とは価値を持つのだ。
もうじき始まる血の宴に措いて世間の目など関係があるはずがない。
事実、これから起こるのは人が触れることは決して赦されない、神の領域なのだから。
既に存在しない人間が、再びこの世に現れる。
それが何を意味するのか。
彼が何を求めて彼女を追い求めているのか。高畑には察することしか出来ない。高畑が知るのは、彼がある人物の現界を目指し近衛木乃香と桜咲刹那を手中に入れようとしているという事だ。
二人は『彼女』のイレモノであり、そして記憶を繋ぐ羽となる。
そこまで知っておきながら、特に理由もないのに高畑は重い腰を上げることを今まで躊躇してきた。
高畑は彼の名に込められたものに……薄らと気付きかけていたのかもしれない。
……いや、それよりも。
不意に明日菜の顔が浮かんだ。
慕ってくるその少女が自分に好意を持っているのは知っている。だがそれはあの年頃にありがちな年上の者に対する憧れから来るだけだ、と高畑は思う。
「僕は人に愛される資格なんかない」
小さく呟いて、鉛のように重い息を吐いた。
心底、そう思ったのだ。
誰かを愛することも、愛されることも許されない。……きっと自分自身がそれを許さない。
その記憶が駆ける様に目の前を巡る気がした。
煙草を取り出し、火を着ける。しかしそれを咥えることはぜずに手元でゆらゆらと揺れる煙をぼんやり視界に映すのみだ。
灰がじりじりとその範囲を広げ、ぼとりと灰皿に塊を落としてから高畑は今日のやり取りに目を瞑った。
もう少し驚くかと思っていたのだが、というのが高畑の本音だった。
一時間前の長谷川千雨との会話を脳裏で再生する。
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