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◆AIo1qlmVDI 氏
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540 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/21(金) 18:48:32 ID:gUqKeYGw
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……………………。
「平和主義なのでお手柔らかにお願いします」
「……はは。僕も君とは穏やかな話だけをしていたいね」
「口説いてるんですか」
「え?
あ、はは……、最近の中学生はそんな言葉知ってるのかい」
「ブラインドまで下げてムード作りも万全ですね」
「……あはは、参ったなぁ」
長谷川千雨という存在が掴み切れずに高畑は苦笑した。
成程、ネギ君と噂になるわけだ。千雨の下手な返し通りに実際恋仲というわけではなさそうだが、2,3年先の近い未来に可愛いカップルが見られそうだな、と微笑ましく思う。
「まぁ冗談はここまでにしておくとして、物騒な話とやらを聞いておきます」
「あぁ、……そうだね」
どこから話したものか、とやや思考を束ねる。核心に触れる寸前で止めて尚且つ危険性を示唆しなければならないのだ。それはなかなか容易ではないように思えた。
とりあえず、キーワードとなる事だけでも。
「長谷川君。
唐突だけど、君は輪廻転生を信じるかい?」
「輪廻転生……って、仏教の?」
「そう、それだね。どうかな。信じるかい」
千雨は一呼吸置いてから言った。
「信じませんね。魂は輪廻とかいう輪を回り回って現世に生まれ変わり続けるとかいうやつでしょう。人並み以下しにか知りませんけど、非現実的にも程があります」
「はは、君の基準は現実的か否か、って所と見て間違いなさそうだね」
「お察しの通りです」
ずず、とお茶を飲み込み肯定する。
「うん、君の価値観を否定はしないしそれを笑いもしないよ。逆に君の年でそれだけ達観出来る事は長所だと思うね、あはは。
じゃあ話を多少変えるけど、君は記憶と言うものをどう解釈しているかな?」
千雨は眉を少し上げた。話が予想していない方向に向かっているからだろう。これでは雑談と変わらない。
輪廻がどうとか言ったと思ったら次は記憶か。まるで禅問答だな、と思ったが顔には出なかった。
薄暗い部屋に切れ込みを入れるようなブラインドから漏れる光。話のせいも相俟って妙にそれが現実味を薄く感じさせた。
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541 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/21(金) 18:49:04 ID:gUqKeYGw
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「そりゃ、
………………」
言葉が詰まる。記憶が何かということは理解しているつもりだが、それをどう解釈しているか、などと聞かれるとは思いもしなかった。いざ説明してみろと言われると上手く口が動かない。
「今までに起こった、覚えている範囲のこと、……ですか」
「うん、それで間違いはない。記憶とは脳に蓄積される情報のことだからね。
君は物忘れが多い方かい?」
「や、たまに度忘れはありますけど物忘れかって聞かれたら違いますし」
「そうか、それは結構。僕ならともかく君の年でそう物忘れが多かったら困ってしまうね。
長谷川君」
「はい」
「『忘れてしまう』というのはね、本当に……絶望的なことなんだよ」
「…………?」
「仮に、君と言う人間を構成している記憶が10あるとしよう。例えば自分の名前・通う学校・飼っているペット、という具合にね。
それらがある日を境に突然全て消えてなくなったとしたら、その人間は君だと言えるだろうか」
「……はぁ?」
高畑の言う言葉の真意がさっぱり掴めずに、千雨は思わず素が出てしまった。
「君が持っている、君自身の記憶。
それが今全て消え失せたとしたら。何故僕とこうして話しているのかわからない、なんてレベルではなく、自分が誰かも知れないという段階の話だよ。
記憶喪失、と置き換えてくれても構わない。
記憶喪失に陥った人間は記憶が戻るまでまるで別の人格が宿ったかのように見えるだろう?
そういう事さ。
例えばの話だけどね。君を象徴する趣味嗜好その他全てが無くなったら、僕は君を君と呼んでもいいんだろうか。
姿形は長谷川君なのに、君は全ての記憶を失くし、全く違う人間のように振舞う。それは果たして本当の意味で君なんだろうか」
「言っている……意味がよく……わからないんですけど」
「……あぁ、僕もだ。
実際この話を聴いた時僕も君に近い感想を抱いたものさ。
……僕個人としては、記憶とはその人そのものなんだと思う。
自分が好きだと思う物をしっているからそれをする、嫌いだと知っているからそれを避ける。
そのもの、という言い方は……少し違うかな。
つまりね。個人を特徴付ける差異を生み出すのは各人の性癖だ。
しかし、それを覚えていなかったとしたら性癖は消えたと同義さ、少なくとも思い出すまではね。
だから、一切の記憶が無くなったとしたら、僕はその人はもう記憶を失くす前の人物とは別物だと思う」
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542 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/21(金) 18:49:45 ID:gUqKeYGw
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「や、それは違うでしょう……、記憶があろうがなかろうがその人がその人である事に変わりはない筈です」
「一般論、だね」
「な…………、」
馬鹿にされたように感じ、千雨は席を立ちかけた。
「あぁ、……すまない。
尋常でない話をする為には普通の切り口では何も伝わらない。悪気はないんだ、……すまないね」
千雨は同い年の生徒と比べると大人びている。それは謝罪の有無に限らず筋が通っていれば納得が出来るという意味でもそう言えた。
再び腰を落ち着けると千雨は先を促した。
「気を悪くしないでもらいたい、…………あはは、僕は君に嫌われても仕方ないね。
うん、話を進めよう。君が懇意にしている人物がいたとする。その人物を仮にAとするよ。
君はいつものようにAと会う為に家を出る。待ち合わせの場所に着く。けれど待てど暮らせどAは来ない、連絡しても捕まらない。さて、君はどうする?」
「……とりあえず、帰りますね。後で事情を聞くとかすると思います。それか家に行ってみるとか」
「そうだね、普通そうするだろう。
じゃあ君はAの家を訪ねたことにしようか。Aが玄関から顔を出す。君は文句の一つも言うだろう、約束はどうした、とか風邪でも引いたのか、とか何でもいいけどね。
そうしたらAは言った、『どちら様ですか』と。
君は……どうする?」
「ど、どうするもこうするもないですよ、悪い冗談にも程がある」
「冗談ではなく、Aは君を本当に知らないんだ。だが君が訪ねたのは紛れも無くAの家だ。君に『どちら様ですか』なんてふざけた事を言う人間はAに間違いはない。
オチとしてはAが記憶喪失に陥っていた、という事になるんだけどね。
そこで話を少し戻すけど、君はこの人物をAだと言えるかい。
今までの君との時間はすっぱり消えて、Aとしては君とは本当に初対面なんだ。君の事を忘れた……というより『知らない』Aを、君はAと呼べるのか、と僕は聞きたい。
記憶の無い人間を、自分を知らない人間を、君は?」
「…………さっきも言いましたけど……AはAでしょう、いずれ記憶が戻れば済む話です」
「戻らない。
………………と、したら?」
「そ、れは…………、」
口篭る。考えた事が無かった。
千雨には高畑の例え話に出てきた懇意にしている者、『A』などいない。
だが予想くらいは出来る。
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