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◆AIo1qlmVDI 氏
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611 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/26(水) 21:30:01 ID:XoMCE4z+
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「…………な、なん、だ、?!」
「あはは、だめかな?」
柔らかい声で笑いながら兼定は刹那の頭を撫でてきた。わしゃわしゃと、まるで小さい子供にするように。
175cmはないだろう彼は一般統計から見たのなら決して背が高いとは言えないが、小柄で線の細い刹那と向き合うといやに大きく見える。
その手を払い除けるでもなく、刹那は撫でられるままにしていた。
好きではないが、嫌でも……なかった。
何故そう感じられるのか、誰かに聞いてみたい。そう思った。
それ位、桜咲刹那の中で近衛兼定という存在は自然に受け容れることが出来たのである。
「綺麗な髪だね」
兼定は中腰になり、いきなり頭を撫でられ明らかに戸惑っている刹那を満足そうに見つめる。
そして薄く嗤って、……言った。
「……………………何か、
……………………………………思イ出スカイ?」
開いていた障子から一陣風が入り、兼定の頬を撫でた。ふわりと前髪が風に乗る。
彼の瞳を刹那はその時、初めて視た。
…………間違いなく、知っているものだった。
何かが……疼いた。
恐らくそれは、血の滾り。
抹消された記憶と過去を現在と隔ててきた壁は、この瞬間……音を立てて崩れた。
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612 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/26(水) 21:30:43 ID:XoMCE4z+
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卵焼きはなんであんなに美味しいんだろう。
高畑先生はどうしてあたしにとってあんなにクリティカルヒットな要素をたくさん持っているんだろう。
木乃香ってなんで可愛くてビューティフォーなんだろう。
刹那さんって何使えばあれくらい色白になるんだろう。
世界は不思議でいっぱいだ、なんて小学生のような疑問を明日菜はしみじみとした面持ちで空に浮べた。
しかし、一番不思議なことと言ったら先ほど明日菜が目にした状況に違いない。
「……………………木乃香…………………………どうしちゃったんだろ、だろ…………」
空が嫌味なくらいに青かった。横たわる叢が青春のにおいを醸し出す。
その中で起こったこと。それはバカレンジャーのリーダーを務める明日菜にとっては想定の範囲外にも程があった。
訳がわからないなんて段階ではなかった。あんな事を誰が信じられるだろう?
唯一無二の親友が自分を見て、言ったのだ。
『どちら様ですか』
「どちら様じゃないわよぉ……、様付けとか……なんなわけ…………?」
油断すると頬を熱いものが流れそうで、それが嫌で。
だから目を堅く、堅く瞑った。
「……正義の味方ぁ……、見てたら助けに来なさいよ……」
誰に向けたか、その呟きは蒼過ぎる空のむこうに消えていった…………。
誰かに助けて欲しいわけではなかった。
ただ、何をしたらいいのかわからなかったのだ。
この意味のわからない状況はなんなのか、何がどうして親友があっち行ったりこっち行ったりしてやっと見つけたと思ったらどちら様?!ふざけるのも大概にしてよ、あたしは3人で帰りたいだけなんだから!!
……刹那さん、泣いてた。逃げてしまった、って泣いていた。
でも、仕方が無いことなんじゃないか、と思う。きっとその予想は当たっている。
それこそ自分の命よりも大切にしている木乃香を放って逃げるなんて刹那さんじゃない。
必ず何かある。それだけは、わかる。
でもそれがわかったところで何が出来るのか、それは全く見当が付かなかった。
自分を蹴り飛ばしたゴリラを蹴り返してやりたい、ということしか浮かばない。全く、これだからいいんちょにお猿さん呼ばわりされるんだ、と苦々しく笑った。
少し笑ったら、なんだか起き上がれる気がした。
「…………いてて」
腰に手を当てながらゆっくりと立ち上がり、首筋を撫でながら辺りを見回す。
超巨大な芋虫が這った後のような無残な松林を見る。
……それだけで尋常でない空気を感じる事が出来るくらいの頭は明日菜にも備わっていた。
どこに行こう、と少し迷う。
今ここは階段からやや外れた叢だ。叢、と言っても背丈はせいぜい15cmあるかないかなので雑草が生えたごく小規模の原っぱという表現の方が似つかわしい。
その幅4m程の原っぱの右側を埋め尽くすように木乃香を肩に背負って駆け抜けた松林が広がる。
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613 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/03/26(水) 21:34:28 ID:XoMCE4z+
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思い返せば思い返すほど非日常感がじわりじわりと滲むように範囲を増していく。
いきなり変なミリタリーおっさん集団が現れたかと思ったら大砲みたいなもの出すわびっくりしてたらそれ撃つわで、戦場に迷い込んだか弱い子ウサギ気分満点だった。
…………そうだ、それで……あの変なゴリラが出てきたんだ。
っていうか、あれ、……何?変身?変化?忍術?魔術?
呼び方はどうでもいいが、痩せた男がまるで空を切り取ったかのように突然現れたのだ。
驚いている明日菜の度肝を更に抜いたのは、その痩せ男が一言二言口を開いたかと思ったら毛むくじゃらの動物になったことだった。
その姿をよく観る間も無く明日菜はその図体からは想像も付かないほど俊敏な動きを見せたソレの蹴りを喰らい、跳ね飛ばされたのだ。
木乃香は何としてでも守らねば、と思った明日菜であったがあまりに突然の事にそれすらままならなかった。
松の一本に激突して止まってみれば木乃香は毛むくじゃらマンの手中に入っていた、という訳だ。
ソレは背中から見れば熊に似ていたが、特有の鋭い爪は無く代わりに丸太のように太く逞しい腕があった。
そして顔は獰猛な性格を言葉の代わりに十二分に語る瞳をぎらつかせ、霊長類を思わせる人間的表情を持っていた。二足で立ち、その身長は3m程度優にあっただろうと思う。
黒と茶の中間色の毛がびっしりと身体を覆い、元がひ弱そうな青年なだけに明日菜は余計唖然とした。
とりあえずゴリラっぽいな、と思った。
あのゴリラに何としてでも一矢報いてやりたいが、恐るべき身軽さで木乃香を連れ去った姿を見た今となっては少し決意が揺らぎかける。
「……うー……………………」
頭の中がみっくすJuice並みに、ぐちゃぐちゃだった。階段を上がるか登るか、その判断すら付きかねる程に。
だが、切り替えの早い明日菜は決断すると階段を駆け足で登り始めた。
木乃香を任されたのだ、その木乃香が上に連れ去られたのならそれを追うべきだ。
難しいことはその時考えよう。何がどうなっているのかもきっと後で誰かが説明してくれる。多分。
階段を駆け上り、ふと立ち止まる。
…………そこに、『この場に相応しいとは言いがたい、在るモノがあったから』
それを手にするか否かで、神楽坂明日菜の運命は変わる。
そして、彼女はふたつのうち最悪の決断に手を伸ばしてしまった。
記憶の改竄。
その、かけら。
ああ、誰が死ぬ?
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