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◆AIo1qlmVDI 氏
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697 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/04/10(木) 17:25:37 ID:8mkEPMqd
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高畑は現実を受け容れるべきか放棄すべきかという最悪の自己判断を目の前に眉根を極限まで寄せていた。どちらを選んだとしても結果自分に良くない未来が訪れるのはいとも簡単に展望できる。
……先行きの見渡せる未来ほど憂鬱なものもないかもしれない。
右を選べば破滅、左を選べば地獄の業火に焼かれる。その二択を前にすれば如何に高畑が幾つもの死線を潜り抜けてきた屈強な男といえど躊躇うだろう。
頭上を黒く厚い、晴れることのなさそうな雲が支配しているような気がした。今にも豪雨が降ってきそうなのにいつまで経ってもその兆しが見えない、不快な焦燥感。
滲む汗がぽたり、握った拳の上に落ちた。
「……だ、ダウト」
「残念、違います」
「う……、また君か……」
「最後にダウトになる手は持ってこないですよ、普通」
ぱさりとカードの山の上にその最後手を落として千雨が言った。山の頂点に降り立ったハートのクイーンが自分の勝負事の弱さを笑っている気がする。
「先生嘘つくのも見破るのも壊滅的に下手ですね」
現在ダウトは5回戦目が終了したところなのだが、言わずもがな、勝利は全て千雨の手の中だった。その前はババ抜きをやったのだが、手札のジョーカーに千雨が手を掛けかけると目に見えて高畑は表情が変わるのでこれもまた惨敗。
千雨の圧倒的勝因は高畑がそれに気が付いていないことにあった。
「はは、その通り。
……と認めたら情けないかな」
「負けを認めることは大切ですよ」
カードを一まとめにし、器用に切りながら言う。その表情は極めて無感動かつ冷徹だ。勝負事に燃えるタイプには見えないのだが、意外と違うのだろうかと高畑は少し不思議そうに千雨を見た。
「……?
何か顔に付いてますか」
「あ、いや……、なんでもないよ」
笑ってそう言うが、やはり高畑は嘘がつけない性格のようで、千雨は訝しげな目を向けた。
「言いたいことは言いましょうよ」
カードをきっちり30回だけ切り、手を少し伸ばせば届く位置にある小テーブルにそれを置く。
「大した事ではないからね、言って損得が発生するわけでもない」
「会話っていうのは基本そんなものでしょう」
高畑はYシャツのポケットに入った煙草に触れ掛けた指を引っ込めた。
「…………なんですか、気持ち悪いですよ」
「え?あ、ああ、すまない」
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698 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/04/10(木) 17:26:30 ID:8mkEPMqd
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思った以上に笑ってしまっていたらしい。緩んだ口元に手をやる。
「嬉しいね、僕と会話しようという気を起こしてくれたわけだろう?どういう風の吹き回しだい」
「……二人きりだったらその相手と会話を試みるのはごく普通のことだと思いますけど」
「はは、やっぱり僕は嫌われたままか」
「?
嫌いではないです。好きでもないですけど」
「……その発言を受けてこの場が気まずくなるかも、とかは想定の範囲内の上で言ってるのかな」
「なっても別に構わないですから」
どこまでもマイペースな千雨に高畑は苦笑を隠せなかった。そんな意味もあり、高畑は千雨と居るとよく笑う。
「文明の進歩と言うのはめざましいね」
「何ですか、いきなり」
「こんな短時間で東京と京都を結べるというのは本当に凄いことだと思うだけだよ」
缶コーヒーのタブを起こしながらしみじみした口調で言う。明日菜はこの空気が大人っぽく見えて好きなのだが、千雨からしたらただの不精髭のおっさんであった。
「先生とはジェネレーションギャップがあります」
「そうかい?」
「私は新幹線の移動速度に感動できる人間じゃないです」
「辛辣だねえ、君は」
くつくつと笑って缶を傾ける。しかしそれは若干温くなってしまっていた為に高畑の眉間に微妙に皺を寄せさせた。要らない時に限ってやたらとやってくる売り子の影を探すが、やはり必要な時には現れない法則があるらしい。
やれやれ、と内心呟いて缶を座席備え付けのテーブルの窪みに嵌め込むように置いた。
流れる景色を眺めていたい気もするが、そんな悠長な気分で居てはいけない。そう脳裏に一瞬浮かばせるが、その割には生徒とトランプなどしているのだから案外というか、実際気が緩んでいるようだった。
高畑・T・タカミチと長谷川千雨は東京とかつての日本国首都であった京都を結ぶ便、のぞみ29号、その座席に肩を並べていた。
現時刻、11:25分。乗車してもう1時間ほど経過しているので後1時間半もすれば京都の土を踏む事ができるだろう。
何故この組み合わせが新幹線になど乗っているかと言うと話は簡単である。事の顛末を暈しながらも伝えた結果、千雨も高畑の京都行きに同行することになっただけだ。
勿論高畑は反対した。足手纏いとまでは言わないが、何の戦闘知識も経験もない一般女子が『あの世界感の中で』生きて帰ってこられるか問われたようなものだからだ。
当然、答えは否。
実質人質としての価値が千雨に無いとは言え、高畑はごく普通の神経を持った常識人であり、死んでも構わないなどとはかけらも思っていない。
だからこそ、わざわざ危険に飛び込む真似はしてほしくなかった。会話の節で聴いた千雨の言葉を鸚鵡返ししてみせた。
『平凡な日常こそが幸福の源泉。
じゃ、なかったのかい』
宥めるように話す高畑に千雨が返したのはごくごく当たり前でいて、高畑の原動力ともなっていた思い。
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699 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/04/10(木) 17:27:02 ID:8mkEPMqd
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『正直神楽坂とか近衛とか桜咲とかがどうなろうと知ったことじゃないです。友達でもないし仲良くするつもりもありません。うるさいし騒いでばっかりの中枢みたいなやつらは居ない方が私は私の日常を静かに過せる。
……だけどもしもそれがひとつでも欠けたら。
その日常、ってモノは永遠に帰ってこないんじゃないか、って……思いますから』
そう言った千雨の目は冷めてはいたが、どこか優しげに見えて、……だから。
「人は見掛けに寄らないものなんだろうね」
「……はあ?」
「独り言さ」
足手纏いかどうかはわからないが、危険が迫るのであれば自分が守ればいいだけじゃないか。それが教師としての努めであり義務だ。
そんなささやかな決意を秘めながら隣の毒舌眼鏡少女を見やった。
……感謝の言葉が聴けるとしたらいつだろう。
「先生」
「ん?」
「罰ゲーム。
忘れないでくださいね」
アルコール・乾き物・その他諸々の旅のお供を台車に載せてにこやかな笑顔振り撒きながらこちらに向かってくる乗務員を目で指しながら千雨が淡々と言った。
「……ほ、本当にやるのかい?」
「当然です。敗者が勝者に従うのは歴史が証明していますよ」
「いや、まあ確かにそう言えるかも知れないけど」
ふと、あることが頭を掠めた。
「長谷川君。
君は僕と勝負をする前にこの罰ゲームの内容を決めたね?」
「そうですね、勝ってから決めてやらせるのも面白いですけど、それじゃ緊迫感がないですから」
「……君は自分が負けるかもしれないことは考えなかったのかい」
提示された罰ゲームは男女問わずに非常に過酷かつ劣悪だったからだ。
「負ける事を視野に入れていたら勝てるものも勝てませんよ」
ギャンブラー顔負けのその台詞に高畑は一瞬目が点になった。
……本当に人は見掛けに寄らないものらしい。
高畑は千雨の設定した過酷な罰ゲーム、その内容を反芻しつつ冷や汗を垂らしながら心底そう感じた。
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700 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/04/10(木) 17:27:54 ID:8mkEPMqd
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静かな夜だった。
静寂はどこまでも夜を美しく際立たせ、足元に広がる湖畔もまた、この夜と同じ澄んだ黒を湛えている。
そこに散らばる中からひとつ小石を拾い、水面に投げる。
ぽちゃりと小さな音を立て、それは直ぐに底へと消えていった。ゆらゆらと揺れる湖畔が時折月明かりでぼんやりと光る。
……綺麗だ、と少女は思った。
綺麗だから、誰かに見せたいとも思った。
けれど、何故そう思ったのかわからずに暫し水面を見つめる。……どうしてそんなことを思ったのだろう。誰に見せたいと思ったのだろう。
心に滲む出所の知れない感情は靄となり少女の胸を埋めた。
不意に、草を踏む音がして少女は振り向いた。
「……こんな所に居られたのですか」
そこにいたのは見慣れた従者の姿。簡素な衣服を身に纏い、片手に少女の私物である上着を持っている。
探しましたよ、と言いながらその者は少女へと歩みを向けた。
「風邪を引かれます」
手にしていた少し厚めのカーディガンを少女の肩に掛ける。
「……堪忍な。
なんか、……眠れへんかったから外出てもーた」
「悪い夢でも?」
「……憶えてへんけど、いい夢やなかった。
なんか……大事な何かがすっぽり抜け落ちたみたいな気分する」
「……お疲れなのでしょう。さ、屋敷に戻りましょう」
従者は少女の手を取り歩き出そうとしたが、立ち止まった。少女が歩こうという意思をまるで持とうとしていなかったからだ。
「……紅い、眼」
「………………え?」
「誰かが、誰かのこと呼んでる夢やった」
「それが、悪い夢ですか」
「……その子、泣いてた気がする。誰かの名前呼びながら、……血みどろの手で……何かを掴んどった」
「血、みどろ」
少女はゆるくかぶりを振った。
ここ数日同じ夢ばかり見る。その夢には特に共通点はなかったが、しかし常に現れるものがあった。
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