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130 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/05/13(火) 18:58:27 ID:Ixs3zxBT
勿論その名は知っていた。
その名を持つ者の個人情報に疎くとも、千雨は彼女を知っている。
――桜咲刹那。
千雨が知るのは切れ長の厳しい瞳と氷のような意思を纏わせた姿しかなかったが、それでも動揺を隠す事は出来なかった。
「……え?ってことはつまり……、え?桜咲サンの中には今……ソイツが入ってる……って……ことですか」
ありえないことだ、と千雨の内心が言う。
しかし、何故ありえないなどと言い切れるのだろう。その不自然な思考に千雨自身は気が付かない。
「いや、彼女は彼女だ。彼の転生先として刹那君程の適格者もいなかったけれどね」
「……じゃあ、誰が転生先に……?」
「知らない方がいいことも世の中には溢れているよ。そしてこれは正しくその例に入る事項だね」
「……それは私の知っている人間だから、と解釈しろってことですね」
「……はは、あんまり大人をいじめないでくれよ……。君は本当に子供かい」
高畑が普段見せていた笑いは主に年下である千雨が一枚上手であるがために漏れる苦笑が多かったのだが、今の笑みは決してそれではなかった。
敢えて言葉にすると言うのであれば……冷笑。
その冷たい笑みに千雨は少し背筋が寒くなるのを感じた。
……高畑が、高畑で無い気がしたのだ。
「まあ……、それは聞かないことにしておきますよ」
「うん、そうしてくれると僕も嬉しいね」
僕がその転生先だから言いたくないんだよ、と言ったらどんな顔をするだろう。高畑はその好奇心を満たす為に言ってしまおうかと一瞬迷ったが、極めて無益なことだと思い返し口を噤んだ。
この長谷川千雨という生徒に何故ここまで執着を見せるのか、高畑は理解していない。いや、出来るはずがないのだ。深い意思の底は既に高畑という個人の手では届かぬ場所に在るのだから。


131 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/05/13(火) 18:59:25 ID:Ixs3zxBT
白いズボンのポケットの中、拳が固められていることを千雨は知らない。固めている本人もまた、同じだ。
その意思がどんな意味を感じ役に立つとは言い難い存在を京都まで引っ張り出してきたのか、高畑も千雨も知ることはないだろう。ただひとつ明確だったのは、高畑に潜む彼ではない個体がそうさせているということだった。
契約は、完了したのだ。
彼を殺した者を殺し返す為に。
……それだけの為に。
「長谷川君」
千雨が高畑の冷笑に少なからず違和感を覚えたかどうかは定かではないが、その声が知っているものだったので千雨が若干緊張を緩ませたのは確かだった。
「君は……、何を思う?」
「……は?」
「僕はね、自分の無力さを、……思わずにはいられない。
もし自分に力があったなら。ほんの少しでも……、たった一人でも戦える程の力を持っていたのなら、とね。
過去を振り返っても仕方のないことではあるし過ぎた時を悔やむ暇があるのなら鍛錬に励んだ方がよっぽど有益さ。けれど人は振り向かずにはいられないんだ。自分の進んだ道がどんなものなのか確認せずにはいられないんだよ」
「……何を言いたいのか1ミリもわかりませんけど」
「……はは。そうだね、いきなりこんな話をされて戸惑わない方がおかしいことだ」
「戸惑ってはいないです。意味が分からないだけで」
その答えに高畑は口元だけで笑って見せた。
「僕はね、……弱かった。弱かったからこそ……生き延びた。生き延びたということは、死んでいった者達を見てきた……とも言い換えられる。
弱さを否定はしない。強さが善ではないからね。だけどね、時としてそれは詭弁だ」
高畑は胸ポケットから煙草を取り出し、その箱を無表情で握りつぶした。
……残っていた煙草数本がひしゃげるのが見えた。
「何も出来なければ、何もしなかったのと……同じさ。いや、それ以前に僕には戦う意思なんかないに決まっている。僕はあの時彼女を救えた。詠春以上に彼女を救えた、だが僕はそれをしなかった!!
羽根にこもった記憶がどんなものか僕には知る由がない、だが彼にとって間違いなくそれは何物にも替え難いカタチだ、そうだ、可哀相だったんだ……………………。
顔も覚えていない、いや、もう彼は『知らない』可能性だってある、それなのにあんなにもひたむきな背中を……どう………………、……斬り付けろと………………………………」

独白とも取れる高畑の言葉に、千雨は挟む声を持たなかった…………・。


132 名前: ◆AIo1qlmVDI [sage] 投稿日:2008/05/13(火) 19:00:26 ID:Ixs3zxBT
せっちゃん、昔あの桜の木の前でよう遊んだやろ?
なんでかわかる?
桜が綺麗やったから、じゃないって知っとった?
あんな?桜がせっちゃんみたいやったから。
びっくりするくらいきれいで、春そのもので、優しくてあったかくて。
な?似てるやろ?
……え、似てへん?
おかしいなあ、ウチはそっくりや思うけどなあ。

じゃあ、これ知っとる?
ウチな、あはは、……せっちゃんだいすき。
優しいところも照れ屋なところも全部、全部、……だいすき。
そういえばせっちゃんから手ぇつないでくれたこと、あったっけ?
あ〜、……ないような気、するわ。でもこれって未来に楽しみを先送りしたみたいやと思わへん?
ずっと先の未来になったってせっちゃんはせっちゃんで居てくれるような感じ、するしな?

だから、ずっと一緒居たい。
もうお別れはしたくない。

せっちゃんが死ぬところはもう、見たくない。


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