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◆yuri0euJXw 氏
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374 名前:5/17 ◆yuri0euJXw [sage] 投稿日:2007/09/02(日) 03:31:14 ID:BEFSazhu
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刹那は悔しそうにクッションを抱き締め,頭を悩ましていた。
◇◆◇
試合が近いので,しばらくの間,刹那は毎日道場に顔を出した。少し早めに道場に着いたが,まだ他の部員の姿は無い。
刹那は黒い胴着に身を包み,通常の長さの木刀を持って素振りをはじめた。
きゅっきゅと軋む道場の床の音を楽しみながら,いくつか踏み込みの練習を行なう。
刹那の身のこなしは洗練されていて,その動きは旋風を思わせた。
何時の間にか刹那の周辺には部員が集まってその動きに見惚れていた。
「なっ,何してんですか!早く練習はじめますよ!」
見られていたことが恥かしかったのか,刹那は部員達に声をかけ,練習を促した。
「みんな先輩みたいに格好良くなりたいんですよ。」
その声に振り向くと,昨日の女子部員がくすくすと笑いながら立っていた。
「あ……。昨日の…。タオルありがとう。これ……。」
刹那の手には,昨日準備したタオルが,そしてそれを彼女に手渡した。
「いつでも良かったのに…。」
「いえ。早いほうが良いと思って。」
その少女は手渡されたタオルを嬉しそうに受け取った。そしてそれをきっかけに,二人はしばらく歓談していた。
ふとした会話の間隙に,躊躇いながらも以前から思っていたという疑問を尋ねられた。
「桜咲先輩って黒い胴着なんですね。女子は普通白い胴着ですけど…。」
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375 名前:6/17 ◆yuri0euJXw [sage] 投稿日:2007/09/02(日) 03:31:44 ID:BEFSazhu
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道場をぐるりと眺めて,他の部員を確認する。袴の色は様々だったが,胴着は全員白い物を着用していた。
ほんの少しの間を置いて,その質問に刹那は苦笑しながら答えた。
「……特に理由はありませんよ。たまたま黒があったから…。」
刹那はそう返答し,稽古がありますのでと告げ,その場を後にした。
少しだけ空気が張り詰めたのを感じ,その子は心配そうにタオルを握り締め,刹那の背中を見送った。
◇◆◇
今日もまた,木乃香が迎えにきた。その手にタオルを携え,木乃香の元へ走り寄ってきた刹那の汗を拭いた。
仲睦まじい二人の様子を見て,少女は手に持ったタオルをまたぎゅっと握り締める。
直ぐに着替えてきますね,と言って刹那は見事な早換えをして木乃香の元に跳んで戻ってきた。
「せっちゃん。あっちで昨日の女の子が見とるえ?」
「さっき少し話していたからでしょうか?」
木乃香と言葉を交わし,今日も刹那は木乃香と帰宅した。
「どんな話してたの?」
帰り道で,興味津々な顔をして木乃香は刹那に尋ねる。
他愛も無い世間話ですよ,と刹那は答えた。
「それと……どうして胴着が黒いのか聞かれました。」
刹那は苦笑しながら言うと,二人の間にはしばらくの沈黙が訪れた。
「せっちゃんの憬れの色だもんね。」
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376 名前:7/17 ◆yuri0euJXw [sage] 投稿日:2007/09/02(日) 03:32:29 ID:BEFSazhu
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徐に木乃香が言った。それを聞いた刹那は驚きの表情を隠せなかった。
ためらいを見せる刹那の手を,木乃香はそっと握った。
にっこりと微笑む木乃香の顔を見ると,刹那はその手をぎゅっと握り返した。
自分を理解してくれる人がいるという安心感が刹那の胸に広がっていた。
◇◆◇
大会までの間,刹那は道場へ通う。その度にタオルを渡した女子部員は刹那と会話を交わした。
会話の内容は,少しずつ親密さを増す。けれど,未だに刹那はその部員の名前すら知らなかった。
大会前日,急遽スケジュールが変わり,予定時間よりも早めに部活動は終了した。
刹那は,着替えつつ,余った時間をどうしようか思案していた。予定は急な変更だったため,木乃香はそのことを知らないのだ。
「桜咲先輩,一緒に帰りませんか?」
いつもの女子部員が刹那に声をかけた。
「いえ,私はまだ帰りませんので。お申し出はありがたいのですが……。」
「近衛先輩を待ってるんですか?いつも迎えにいらしてますね。」
図星を突かれ,刹那はぽりぽりと頬を掻く。その子は深呼吸すると,躊躇いがちに刹那に尋ねた。
「先輩と,近衛先輩ってどういう関係なんですか?」
「どういうって……。」
唐突な問い掛けに刹那は躊躇した。まさか事情を正直に言うわけにもいかず,刹那は困り果てる。
黙って沈黙を守る刹那にその子は続けた。
「近衛先輩といる刹那先輩って凄く優しそうな笑顔をしているから……。」
「………私にも……あんな笑顔見せて欲しい……。」
「えっ?」
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377 名前:8/17 ◆yuri0euJXw [sage] 投稿日:2007/09/02(日) 03:33:36 ID:BEFSazhu
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思わず出てしまった言葉に言った本人は動揺する。
「あっ……。済みません。こんなこというつもりじゃなかったのに……。」
「それはどう言う意味で仰っているのでしょうか?」
刹那は突然の展開に戸惑っていた。今まで興味を持つことも無かった他者との関係。
しかし,少しづつ関心を持つようになっている自分を刹那は感じていた。
その子は,恥ずかしそうにしながらも自分の気持ちを正直に刹那に伝えた。
その表情は,かつて見た,のどかが必死にネギに告白したときのような,そんな表情を思わせた。
「でも近衛先輩とお付き合いされてるのかなって…気になってたので…。」
この学校では不思議じゃないって,と刹那の表情を見つつ慌てて弁解する。
「あのっ,済みません。こんなこといってもご迷惑ですよね…。」
自分と木乃香がそんな仲に見られていたのかと認識すると,刹那は困って顔を赤くする。
「木乃香お嬢さまは,確かに私の大切な人ですが,そういう関係ではありません。」
自分に好意を寄せてくれているのに無下に扱うことも無いだろう。一息つき,刹那はその子を見る。
必死に自分への想いを語る少女を前に,自分に好意を寄せてくれる人がいたことを嬉しく思った。
でも,はじめての告白に興味はあったが,それでどうということも無かった。
いつかのネギのようにバタバタと慌てふためいて自分もどうにかなってしまうものなのかと思っていた。
しかし,意外と冷めてる自分がいた。
少女の必死な表情を見ても,自分が受けとめられるわけでもない。それに,受けとめるつもりも無かった。
時折,ふと脳裏を過ぎるのは木乃香の姿…。しかし,刹那はそれを慌てて打ち消す。
刹那にとって木乃香は今の状況に登場するような対象ではない……はずだ。
でも,何故か思い浮かんでしまう。なんなのだろう。このもやもやとした気持ちは……。
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